私と小鳥と鈴と | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

私が両手をひろげても、 
お空はちっとも飛べないが、 
飛べる小鳥は私のように、 
地面を速くは走れない。 

私がからだをゆすっても、 
きれいな音は出ないけど、 
あの鳴る鈴は私のように、 
たくさんな唄は知らないよ。 
鈴と、小鳥と、それから私、 
みんなちがって、みんないい。 (by 金子みすゞ) 


在ミラノ補習校の小6は卒業式のときに、上記の詩を朗読するらしい。 
今、長男は3つのうちの1つである、この詩を暗誦中。 

この詩を聞くたびに、「みんな違って、みんないい」とはわかりつつも、子供達が、やれ成績が悪い、やれ態度が悪いなどといわれようものなら、あ・・・・・げっそりとどっときてしまう。 

「出来ることと出来ないこと」・・・・出来る事を当たり前に考えるから、出来ないと劣っているようにとれてしまうのだろう。 

でも逆に「出来ない事とできる事」・・・と考えれば、出来ることはとても素晴らしくなる。 
「ママ、今日ラテン語6とったよ~」と自慢げにいう長女。「ふ~ん」で終わらせてしまうと、「なんで褒めてくれないの?ラテン語6って小学校の10くらいなんだよ」といわれると、「そうなの???すごいじゃん!!」となる。 

褒める教育は、素晴らしさと可能性を引き出す逆説的教育なんだろうか。 

「見えるものと見えないもの」も、「見えないものと見えるもの」と、考え方、見方をひっくり返すと、気づけることがいろいろと出てくるかもしれない。 

いっそのこと、逆立ちでもしてみるか!笑