『てふてふが1匹 韃靼(だったん)海峡を渡って行った』
今日、補習校小6の授業参観で、上記詩についてふれた。
まずは、想像でもいいからなんて書いてあるか読める人?と先生。
「てふてふがいっぴき」と生徒A君。
「てふてふって何?」と先生。
・・・・・
「渡っていった。」
「かい・・・」
皆躓きながらも、難関を通過していく。
「韃靼は難しいけれど、漢字の右側の音ってなんと読むかわかる?・・・_」
ヒントを貰いながら、なんとか通過。
そして、韃靼海峡とは、どこか地図を見せてもらい確認。
「季節はいつだろう」
この詩からイメージする図を描いてみようということで、陸と陸をむすぶ海の上を飛んでいる蝶が描かれた。
「先生、その海からすると、その蝶は巨大すぎますよ!」とまたまたA君。保護者の笑いをゲット!
「話者と呼ばれる、この詩の語り手の目は、このイメージ像のどこに、描かれるだろうか」というのが、この授業の本題。
詩から得る視覚的イメージと『渡っていく』という言葉の意味との兼ね合いの分析。日本人、または日本人とイタリア人のハーフとはいえ、普段から日本語の生活から離れていると、なかなか日本語から発せられるイメージというのは、我々日本で生まれ、日本で育った人間とは異なっており、いろんな捕らえ方があって面白い。
陸と陸の間の海を渡っている蝶の真上にある目。真下にある目。右側の陸の上。左側の陸の上。ずっと左側の、たぶん内陸部をさすのか、はなれた距離の目、などなど。そして、担任は15人の生徒、一人ひとりにどうしてそう思いますか?と質問した。
ちなみに長男は蝶の真上に目を描いた。は???たぶん、その状況を神のごとく空から見守っていたのだろうか?飛ぶ様子をみている、と言うようなことを答えていた。へ~。左の陸の果てと答えた少年。「だって行っちゃったんだったら、ずっと離れているってことでしょう?」へ~するどい。いろいろと考えさせられた。イタリア語には、過去形といっても、半過去、近過去、遠過去、大過去、などと日本語とは全く違った時制が存在する。それを使いこなしている彼らからすると、過去は過去形、と一つとする日本語は非常にあいまい。
結局先生はアジア大陸側の岸壁に立つ目を正解とした。
そして、「実際に蝶は行ってしまったんだろうか」という質問。
これは、いくつかの答えが飛び交った。大半が、「行ってしまったんだから、向こう岸に着いた」ということだろう、という。そこで、長男は「目には見えなくなってしまい、渡って行ったが、ついたわけではない」という。私もそう思った。でも、これは文法的、というよりは、印象的、捕らえ方の違いがあっていいようにも思えたので、正解をだすべきなのだろうか、とも思った。
実際、カナダからメキシコ辺りまで渡りをする蝶もいるという。けれど、実際ダタール海峡を一匹で渡る蝶は存在するのだろうか?「先生ありえませんよ!」と何度もA君。素直で面白い。
なぜ、大陸上空じゃなかったんだろう?陸と陸を結ぶ海峡は、ひとつの世界が終わるところから、ふたつの世界を繋ぐ場所でもある。
著者、安西冬衛は、この詩を戦時中、軍艦の上で作ったと言われている。右足を病気で切断し,片足でその時代を生きた人だという。寒い寒い凍えるほど冷たい樺太に行き,軍艦上で,自分の国日本を思い浮かべながら,書いたとすれば、その海峡は生と死を繋いだものとも、想像できなくもない。
授業は、鐘が鳴ったところで終了。その後、生徒達はどういった授業を続けたかはわからない。けれど、透き通った蝶が、時に高く、時に海すれすれになりながら、海峡を羽ばたいていく。それは、のどかな風景なのか。それとも、一点を見つめ羽ばたく、清冽な息遣いなのだろうか。脳裏に焼きついて離れなかった。