Pope touched down.
えっパパ様がタッチダウン?
ってアメフトじゃないんだからさ・・・と思いつつ、思わずCNNにかぶりついた。
現在、マドリッドにて、カトリックの第26回ワールドユースデー(WYD)が行われている。霊的集会とでもいおうか?地元の教会からも、今週のはじめ、若者たちが、バスでこのイベントに参加するため、出発している。今日、その教皇はマドリッドにて到着した所をライブ中継していたのだ。
日本からも若者が、300名くらい参加しているはず。サンチャゴ・デ・コンポステーラを徒歩で巡礼したり、ミサはもちろん、分かち合いの時を共にしている。
今回のテーマは、「イエス・キリストに根を下ろして造り上げられ、信仰をしっかり守りなさい」 (コロサイ2・7参照)、つまり「キリストの言葉に根差した生き方をしよう」というもの。あまり、宗教的な事を書くと、人に嫌われるかもしれないが、やはり、個人的には、人間には、相対的ではない、絶対的な人生の指針なるものは、必要だと思う。仏教の教えでも、キリスト教との共通点にたまに気づくが、人間愛の基本は同じ。私が選んだものは、たまたまカトリックだった。いや、私をみつけだしてくれたのかもしれないし、それはそうなるべきだったことなのかもしれないが、この話はまた別の時に。
いずれにしても、勧誘・押し売りはしませんが(笑)、人間として生きるために、キリスト言葉は信じるに値するもの。この言葉に生きる、活かされるものだと思う。種をまいても、光はある。けれど、肝心な土が豊かでなくては、芽も根も出ない。我々が、肝心な土になるためには、湿り気(Umidita)が必要で、そういった人間をUmile,つまり「謙遜」という。なかなかなれるものでは、ありませんね。
このユースデーにおいては 、「第26回ワールドユースデー」にあたり、巡礼の心をもってマドリードに集まる信者に全免償が与えられる。地上のどこにいても、この集会の霊的な目的と、良好な結果のために祈るすべての者も部分免償を得ることができる。 とある。
というわけで、アンチ・カトリックの夫いわく、「いいよな、カトリックは。悪いことしても許されちゃう。」と皮肉をいう。もちろん、謝れば、何でもしていいわけではない。じゃあ謝れば、殺人もいいのか?となってしまう。何事も取り方次第であるが、罪の意識があれば、人間だれしも苦しいもの。それを「あなたの罪は、許された」といわれ、どれほど、生きる力を与えられるのだろう。とはいえ、毎回、同じ過ちを繰り返している私。それほど、人間は弱いものなのだろう。人を許し、許され、はじめて一歩進むものがある。これを希望といわずなんと呼ぼうか。
さて、この集会参加者は、18~35歳が対象と日本のツアーの対象年齢を見た。あー対象外。でも、大丈夫、(何が?)来年は、ミラノで別の集会がある!
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-10924744049.html
ミラノにいる信者として、何ができるであろう。呼ばれるところには喜んで行かれるようスタンバイしている。