夏は来ぬ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

卯(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

さみだれの、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

橘(たちばな)の、薫るのきばの
窓近く、蛍飛びかい
おこたり諌(いさ)むる、夏は来ぬ

楝(おうち)ちる、川べの宿の
門(かど)遠く、水鶏(くいな)声して
夕月すずしき、夏は来ぬ

五月(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ
http://www.youtube.com/watch?v=UeZ9GyInxNg

「夏は来ぬ」は、夏は来ないと勝手に思い込んでいたら、文語体で、「来」(き)はカ行変格活用動詞「来」(く)の連用形、「ぬ」は完了の助動詞「ぬ」の終止形で、全体では「夏が来た」という意味になるんだそうな。確かに高校時代勉強していたはずなんだけど。恥ずかしや・・・

ところで、私の実家はいわゆる多摩丘陵地というところにあり、家は山の上にあるが、小学校へ行くには、坂を下っていき、平地は皆、畑、田んぼだった。そして、小5か小6の頃、授業で田植えをしたことがある。同時にジャガイモやら野菜を学校で借りていた畑で作って、最後にできたお米と一緒にカレーライスを作って食べた思い出がある。また残った稲藁で、藁人形っじゃなくって(笑)藁縄を綯った事がある。今思えばすごくよい経験をしたな・・・とつくづく思う。今はわら草履ならぬ、フェットゥッチョ草履にはまってますが・・・笑

その田植え。裸足で生ぬるい水の中で柔らかな土を踏むのは、気持ち悪かったな・・・と今でもその感触を覚えている。田んぼには、タニシや蛭がいて、体のきれた蛭に血を吸われると、満腹にならないから、ずっと血を吸い尽くされるんだ!って吸血鬼か?!というような話を聞かされ、実は田んぼに入るのが怖かった、という思い出話もある。

足の裏には数千のツボがあるそうで、足の裏のツボを刺激するのが、体にいいのは有名な話。その足の裏が刺激されると、全身のエネルギーが動き出す。生命の盛りの季節である夏の到来を、田植えによる足裏の刺激によって感じる事ができたのだろうか。

歌詞の解説はこちら
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/05/post_63ff.html