次男が日本の小学校一年生として補習校へ通いだし、数ヶ月。
どうみても、上の子達の小1の頃と比べ、毎週の宿題はもちろん、夏休みの宿題は多いんじゃないかな・・・と首を傾げてしまう。
というのも、考えてみれば、今年の4月から日本の小学校は「脱ゆとり教育」が始まっていた事を思い出した。<新 教育課程では、小学校では278時間、中学校では105時間の授業時間が増加。使用される教科書も、全教科でゆとり全盛期の2001年度より43% (2004年度からは25%)もページ数が増加。>
戦後、高度成長とともに、「詰め込み教育」が、急成長。その後「ゆとり教育」を実施してきたが、結果的には、学力低下や学習意欲減退をまねいて塾通いをいっそう過熱させ、私学志向にも拍車をかける結果となってしまった。これじゃあ教育の資本主義ではないか!
本来、「ゆとり」は心のゆとりが大切なのであり、勉強にはきちんと取り組み、確かな基礎学力を身につけ、同時にスポーツ、文化活動、ボランティア活動などさまざまな体験を通じて、心豊かに成長していくのが目的だったのでは?皮肉にも、本末転倒的な、現実をみない理念先行の「ゆとり教育」となってしまったわけ。
このゆとり教育は小学校では1980年度から2010年度、中学校では、1981年度から2011年度、高校では1982年度から2014年度(数学及び理科は2013年度)まで施行される教育である。(文部科学省では、平成21年度政府予算案に新学習指導要領の円滑な実施に向けた支援策(209億円)を盛り込んでいる。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2
ちなみに、イタリアも教育改革とかで、必須授業の授業数も変わってくるので、なにかとごちゃごちゃ慌ただしい。
・・・といったわけで、海外にいるわが子たちのように補習校に通っている子は、じわじわ日本の教育のしわよせがきている。
そこそこに、日本語の読み書きが出来るようになれればいい。会話さえできれば・・・と思っている家庭の場合は、わりきって補習校に行かせず家庭で勉強すればいいかもしれない。又は大きくなって、本人の希望があれば自分で勉強すればいい。
けれど、日本語の言語力を向上させ、しかも日本文化への関心や理解を育てさせようとすると、海外にいる限り、家庭でできる事には限界があるから、どうしても通える範囲なら補習校へ通わせたいと思うようになる。
しかし、たいていの補習校は文科省から補助金を受け、海外子女教育振興なんちゃらかんちゃら財団というのに登録したりしているので、文科省がうたう「補習校の理念」だとか「教育方針」といった枠組みにはまった教育をしていないとまずいらしい。つまり、帰国しようがしまいが、再び日本の学校に編入した際にスムーズに適用できる学力をつける、ということ。その枠に追いつけない人は、どうすればいいのかな?
いずれにしても、今まで全く考えた事がなかったが、「日本語」と「国語」は違うという捕らえ方。だから、受験に即応し得る国語力を求めるのと、「国語」学習をし得る日本語力を求めるのは、生活のベースが違う、と言ってしまえばそれまでだろう。長期在留・永住家庭と駐在家庭、つまりニーズの多様化として、同じ日本語・国語学習にも大きな差が出てきているのが在外邦人の子供たちの実状。
春に、小学部各学年の話す事、聞く事、書く事、読む事の評価基準の具体例という説明書をもらった。なんというか、週3時間の授業では、至難の技としか言い切れない。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/koku.htm
脱ゆとり教育~新しい学習指導要領は、子どもたちの現状をふまえ、「生きる力」を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しているという。「生きる力」を育むためには、学校だけではなく、家庭や地域など社会全体で子どもたちの教育に取り組むことが大切、と文科省。
けれど、海外にいると、それとは別にいかにバイリンガルとして両立させるか、しかも年齢相応のレベルを両立・・・となると親の意識と覚悟、子供への配慮、そして何よりも親の忍耐も求められているように思えてならない。プラス、できるなら学校への惜しみない協力も・・・。
補習校はあくまでも80%が家庭の協力によるもの、なんていわれちゃうと、弱気になってしまうし、子供にも負担をかけたくないな、というのが本音。だからといって、ところてん式に進級した上の子達は、反抗期というわけわからないトンネルの中に突入し、(長男は入ったばかり、長女がそろそろ出てくるか、まだ休憩中か・・・といったところだが、)長女に限っては微妙にやる気が出てきた感じ。もちろん、男女の差、そして個人差は大きいが、やっとここで、明かりが見えてきたところである。戦いのごとく、無理に学校へ連れて行っていた時期もあったが、努力は無駄ではなかった!と思えてきた矢先、「脱ゆとり教育」。またまた要求される事が増えるのか!教育は常々長期戦だと思う。すぐに結果はでない。
子供たちの未来のために・・・それでも、日本のお受験の方がもっと厳しいものなのか。想像できない・・・。「生きる力」ってなんなのだろうね・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/補習授業校
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm