炎天下の列福式 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

$ミラノの日常 第2弾

今朝6月26日、ミラノのドウモにて、3人の列福(聖人になる一歩手前)式があった。

ミラノ司教区司祭セラフィーノ・モラッツォーネ神父(1747-1822)、ミラノ外国宣 教会 クレメンテ・ヴィスマーラ神父(1897-1988), イエスのカリタス修道会 シスター・エンリケッタ・アルフィエリ(1891-1951)の3人である。http://www.corriere.it/gallery/cronache/06-2011/beati/1/duomo-fedeli-piazza-tre-beati_7f66791a-9fe6-11e0-9ac0-9a48d7d7ce31.shtml#9

ミラノ外国宣教会は、在ミラノ日本人カトリック信者にとっては、歴史的にも馴染みが深い。(既に40年近い)私自身も宣教会は、ミラノの家から近いので、本屋はよく利用するし、昨年はミラノ宣教会による日本宣教60周年であり、東京管区を訪ねてみたりもした。

以前ミラノ・ドウモでは、ドン・ニョッキが2年前に列福
(http://blog.livedoor.jp/s_sofia1317/archives/51518695.html)され、地元(我が家の前には、彼が創設した病院や学校がある)をあげてのお祭り騒ぎであったが、こういった式は、前持ってチケットを申し込んで入手しないと出席できない。ヴィスマーラ神父の列福式は頭から諦めていたが、先週行けなかった カトリック日本人会での集まりで、ミラノ宣教会(PIME)の神父様が希望者にチケットを配っているがどうします?と友人M子さんが運よく電話をくれたので、是非是非行きたいと頼みチケットを頂いた。ラッキー!!

晴天に恵まれた日曜日。式典は10時から。9時にM子さんとドウモ広場で待ち合わせ。地下鉄に乗ると、どっとPIMEの聖職者やほとんどが外国人の神学生と遭遇。やはり、かれらは、何気にそういった方々とわかる。なぜだろう?そして新たに、お年寄りのシスターが二人入ってきた。席を譲られ、座ると、近くにいたイタリア人女性が大きな声で話しかけた。シスター達は今思えば、カリタスのシスターだったが、嬉しそうに、これからドウモの列福式に参列するのだ、と答えていた。「市長が司式をするの?」どう考えても、カトリックには無知の人のようだった。「いやいや、大司教よ。」「マルティーニ?」マルティーニ大司教(現在枢機卿)は前ミラノ大司教でかれこれ9年前の話。しかも、現在の大司教・テッタマンツィも任期は今週いっぱい。「それで誰が列福されるの?」とシニョーラ。「ヴィスマーラ神父と…」と言い出すと、「あーあのサラミのね」とシニョーラ。たしかに、vismaraというメーカーのサラミはあるが、そのファミリーとは違う。いえば言うほど、墓穴を掘ってしまうと気づいたシニョーラ、ブツブツいいながら他の車両に移っていってしまった。カトリックは、一般の生活からは遠のいてしまっていると言う証拠だろうか。笑

さて、列福式は、ドウモ、つまり大聖堂の中ではなく、その外の広場で行われるため、ピアッツァ近くの地下鉄の出入り口は全て閉鎖。教会自体も午前中は関係者以外進入禁止だったのではないだろうか。

会衆席は、日陰なし。しかも太陽はこれから、ますます高くなろうとしている。水だけは配布されたが、今日に限って帽子を忘れてしまった。周りを見渡すとお年寄りがほとんど。救急車も配備。M子さんが、新聞を買いにいってくれ、折り紙式にカブトを作ろうと提案。しかし、日本の新聞ならばちょうどいい大きさのカブトが作れるが、イタリアの新聞はひとサイズ小さい。2枚ずらして重ねてみたが、なかなかいいカブトが折れず。とりあえず、スイスの山の女性がかぶるような帽子を作成。まあ、ないよりはましか。

ミサが始まる。前方にふたつ大きなスクリーンが準備され、テレビで生中継されていた。コーラス隊の男の子達は、フランス映画「コーラス」を彷彿させる美声。

3人の福者の経歴が読み上げられるが、もう暑くて記憶が遠のいてしまうくらい。次から次へと気分が悪くなる人が出、救急隊も大忙し。本来ミサ中に水を飲むなどご法度だが(以前は前夜から水を飲む事さえ禁止されていた時期もあるとか)とにかく、水を補給しないといつふらっとくるかわからない。

近くに、トイレに行きたくて、半泣き状態の男の子出没。近くのアウトグリルにひとっ走りか?!と思いきや、お父さん、いきなり500ccのボトルの水を飲み干した!はは~ん…その後はご想像通り。爆 私も、珍しくじわじわ汗をかいた。

聖体拝領の際の歌の最後には、ヴィスマーラ神父が生涯ミッションのために60数年過ごしたビルマの歌がささげられた。ビルマのシスター達がほとんどの中、数人の信者。現在はミャンマーと呼ばれるが、仏教国の中での宣教は、日本での布教とはまた違った苦労が歴史同様切り刻まれているに違いない。

ミサ終了後スクリーンは、テレビ番組からヴァチカンに変わりベネディクト16世の挨拶となる。時間のルーズなイタリアもお葬式やミサは、分秒に狂いがなく進行される。そういうことを、あるブログにコメントしたら、逆に一般人をバカにするのか?とコメントされている方がいたが、そういう見方をする人のほうが、ゆがんでいる気がする。

『より良く生きたいのならば、良識を持ち、良い行いをしなさい。私も、そう尽くします。司祭でいた事は、決して間違った選択ではなかったようだ。無駄に生きたわけではない。』これは、ヴィスマーラ神父の言葉。

喜びを持って生きること。これは、単に与えられて私たちの人生に存在し始めるものではないでしょう。すでに、存在する素材を見つめ直すことによって、また違った角度と視野から見ることによって創り出されるものなのではないだろうか。

それにしても、海やプールに行ったわけでもないのに、やたら黒くなった半日であった。笑