限りある地球 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


昨日、ミラノの補習校にて、日本の原発事故に関する情報、勉強会が行われた。

ふと、世界の人口は?という話になったが、先日、国連は、今年10月には、世界の人口は70億人に達するという予測を公表したそうだ。そして2050年までに93億人、2100年までには101億人を超すという。気が遠くなるというか、全くもってピンと来ない。ただ言えるのは、人が多すぎる。食料確保出来るの?という心配。

地球の周囲は4万キロなんだそうだが、(これまたピンと来ない)地球の歴史、一億年を1億年を1メートルとして、地球の歴史を40メートルに表したとすると、原人の登場は最後の2センチ弱にすぎない。そして「ミリ」にも満たない近代以降、私たちは爆発的に繁栄した。これ又、ピンと来ない。

天災は、仕方ないにせよ、原発などの人間が人間による、人間のために創り出されたものが、わずかな「身ぶるい」で壊れるもろさは、映画を見ている様な、遠くにいたから、余計そう感じるのかもしれないが、またまたピンとこない感覚だった。

映像、画像でみる惨状。文面にみる、人の苦しみ、悲しみ、また助け合い。

昨日の天声人語に見た一首。

幾万年 地下にありしを 汲み上げて 消費して来し この一世紀 (水野昌雄)

石油に限らない。長い地球史からみれば、ほぼ瞬時に万物を消尽して華やぐ時代へのおののきが、背後に透ける。

どの資源も無限ではない。この時代に生きる私たちは、イリュージョンを見せられていたのだ。また、先進国だけが、世界の人間ではない。飢餓は存在し続け、病気もなくならない。

イタリアでは、近々国民投票が行われるが、最大の注目点は「原発問題」。多くの人が、反対モードでいるが、反対するにも賛成するにも、何に対してのどういう理由からの反対であり賛成なんだ?と勉強が必要なんじゃないかと思う。風評被害とて然り。有名人の無知な一言で、多くの人がなびくこともある。

昨日の勉強会での参考資料のサイト集リストが今朝どっと届いたが、一気に全部読むのは、無理としても、我々は、いかに今まで人任せであり、知らないことが多かったかを知る。

上記例え同様、地球が誕生して現在までを1日としたら、私たちの寿命なんて1秒にみたない、ちっぽけなもの。それでいながら、非常に重い。地球上に100億以上の人がいたら、重くないのかしら?

「飽」を捨て「贅」を削り、貧富と幸不幸を均した百億共存をつかみとる知恵が、今後の続く時代には欲しい。周囲4万キロの、この限りある球体の上で。(最後は天声人語の末文)

http://www.geocities.jp/niginiginomiko/tikyunorekisi1.htm