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『 聖母のしもべ会 』 7人の創始者の聖人の主日です。
イタリア語では、
Santi Sette fuonatori dell'ordine dei Serivi della Beate Vergine Maria...
と、言った所でしょうか。。

その昔、1233年マリア様の被昇天の主日 ( 8月15日 ) に
彼らの所にマリア様が現れ、修道の道へと導いた所から端を発しているのですが。。
この彼らこそが、Stabato Mater(スターバト・マーテル)に代表されるような祈り。。
マリア様の悲しみにこそ重きを置き、その祈りを始めたのです。
後に、教会全体においても、こうした祈りを祈る様になったのです。
『 七つの悲しみの道行 』 ( 七つの悲しみのロザリオ ) が、その祈りです。
今日は、この祈りを、皆さんと共にお祈りしました。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
この祈りは。。
四旬節の十字架の道行の祈りと同じように。。
実際、かなり。
かなり、苦しいものがあります。
また、あまりに、非日常すぎて。。 または、つら過ぎて。。
おもわず意識が逸れて。。 無意識にでも逸れてしまい。。
祈りの黙想の内容に集中しきれない場合もあるかもしれません。。
しかし、私は、この祈りにしか無いお恵みが在る様に。。強く感じます。
そのあまりに辛い出来事を、本当に深く黙想した時。。
心の底から シン。。 とする様な。。
真冬の深夜のような、凛とした静けさが生まれ、
そして、世俗的な事や、エゴや欲から生まれてきているような、
どうでもいい事柄が、心の内から自然と消え去り、
心の内や頭の中の考えが、自然と淘汰され。。
確実に、そうした不必要な思い。。のようなものが、
イエス様の死と共に、確実に死んで絶えてゆくのを、
実感するのです。。
先程お祈りの後の話では、『 去年 』 と話してしまいましたが。。
その後、よくよく考えてみると。。
もう、3年前の事でした。
そうそう。。3年前のこの時期に。。
私は、十字架の道行のイエス様や、それを見守るマリア様の夢をよく見て。。
白昼、その様子が、今ここで手を触れられる程に
あまりにもリアルに思い出されて、本当に辛く。。
涙が出てしまうのを、必死でこらえたり。。
また、夢の中では、彼らの苦しみが、他では無い自分の罪によるものだ。。と、
自分の罪と、確実に直結している。という、
痛いほどの実感を伴いながら、
その苦しむ様を。。
どうする事もできず、あわあわしながら、それでいて、呆然と涙を流して見ている。
という夢で、時には自分の嗚咽によって目覚める程に、
その夢( 自分の罪と人間であるが故の罪 )に苦しんでいた時期でした。
また、大変だったのは。。
夜はそれで。。
そして昼間は、何故だか、ヴィジョンとして、 剣 が視えるのです。
こんなに強くヴィジョンが主張してくる事など、今まで一度もありませんでした。
ヴィジョンは、ある種の 集中 をすると確実に視えますが、
そうでない限り、日常の邪魔になる程は視えないからです。
しかしこれは、どう意識を逸らしても日ごとに強くなり、
とうとう、日常生活に不便な程になってきたので、
私は、思い切って、自分の守護の天使様に話しかける事にしました。
( 私の場合、彼らとのコンタクトの99%以上が、
いつ訪れるかも分からない、彼らの側からのみのアプローチであるので、
私の側から、『 話しかけた 』 のは、この時が初めてだったように思います。 )
それから、彼らの話を守護の天使様から聞き、
『 Servi di Maria 』 の存在を知り、自分でも時に辞書を片手にいろいろと調べ。。
スターバト・マーテルだけでなく、
その悲しみの聖母の祈りが在る事を知り。。 そうこうしている内に、
守護の天使に、『 今日のミサの後は、売店によってから帰る様に。 』 と言われ、
売店に行くと、本棚の隅っこが、なぜか光って視えるので。。
そこに行って見てみると、七つの悲しみの道行の祈りの本と、
このロザリオが売っていて。。
結局、廻り回って、巡り巡って、
・・・祈りの本は、日本語でもあったのか。。と、ガックリ、ゲッソリしつつ。。
( ”あぁ、それ、昨日届いたばっかりの新しいやつなの~。”と
、売店のおばさまに言われ。。 なぜか、少し元気を取り戻しつつ。。 )
とにかく、その日から、かくして、このお祈りが始まった訳なのです。
また程無くして、この悲しみのロザリオが早速(?!)壊れてしまい、
『 このロザリオを、全てばらして、一から全て作り直しなさい。 』
と言われたのが。。
そういえば。。
そもそも、ロザリオ作りを始めたきっかけになったのでした。
・・・ロザリオをどなたかから頂く。。のではなく、
自ら 『 作る 』 だなんて。。
夢にも思ってもみなかった私だったので、
皆目見当もつかない状態から、手探りで始めました。
その道具をみつけたのも、
やはり本との出会いの時と同じ方法で、みんな教えてもらい、
作り方なども、見よう見まね。。という所からスタートしました。
( 残念ながら、作り方は、まだこの時のまま変わっていません。
・・・今の所、それも指示の内なので。。 )
・・・。 と、まぁ、様々、こんな調子で、
何やら、 ご縁 というものが、そこに在る様に(勝手に)感じつつ。。
廻り回って、今年。 2014年もこの主日を迎え、
また、私個人も、四旬節に向けての祈りが始まります。
今年は、例年になく長い四旬節が用意されているので。。
また、四旬節に入って、暖かくなった頃にでも。。
何かイベント的な、お祈りもできる場を用意したいな。。と、思っています。
何はともあれ、神に感謝。
✝ 全てはみ心のままに ✝
Sofia Michel YOKO
これは、ピオ神父様が、
彼の生まれつきの賜物である、特別で霊的な御力を使ってのみ知る事ができる内容や、
神父様の天使の指導と助力によって。。
特別な方法で、人々をを導いていた事を言います。
それは、具体的に。。
今後の行末を予見し、そこからアドバイスをしたり。。
訪れる人が罪から離れられるように、告解の場で、
神父様の方から、その人の罪を全て言いあてたり。。
または、その罪を自ら告白させる為、言い逃れできないように立ち回ったり。。
( この結果、正直に告白し、『 告解 』の秘蹟を受け、
イエス様神様から、その罪を許して頂く事が叶い、
魂の汚れや、その罪によって生じていた心の重みが洗い流され、
罪ゆえに、近くなってしまっていた悪魔と離れる事が叶う。
・・・という事が起こります。 )
訪れた人に起こった不思議な事の内に、イエス様・マリア様の御力
または、その方の守護の天使の御力がどのように働いたのか・・・を、
そして、誰からのお恵みであったかを視て調べ、
話して聞かせたり。。
人の病気について霊的アドバイスを与え、治癒に向けて祈り、完治へ導いたり。。
本当に様々な事を、霊的な力、
天使様からの助言や助けを元に、指導し、導いておられました。
これが誰の上に、どのように行われたのか。 という実際の話は、
数々の本が出版されているので、どなたでも読む事ができます。
下記は、ピオ神父様が守護の天使の事を話された内容の抜粋です。
神に感謝。
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1915年4月20日 霊的娘 ラファエリナ・チェラセさんに宛てた手紙より
『 あぁ、私達が、神を嫌悪しても、(※または、神から離れても。。)
私達を見捨てない、天の霊魂(守護の天使)が絶えず私達を世話して下さると知る事は、
何という慰めでしょうか!
信ずる者にとって、この偉大な真実は、何と甘美な事でしょう!
イエスを愛そうと努める敬虔な霊魂は、そのような偉大な
闘士をいつもそばに置いて、誰を恐れるのですか?
この天使は、天に居る大天使聖ミカエルと共に、悪魔やその他全ての
反逆の霊魂たちに対して、神の栄光を守り、悪魔たちを破滅に追い込み、
地獄の中に縛り付ける多数の天使たちの内の1人でしょう。 』
『 さぁ、天使は、悪魔やその手下たちよりも、もっと強力である事を覚えていなさい。
天使の愛徳は減る事はなく、どんなときでも私達を守っていてくれます。 』
『 あぁ・・あらゆる人達が、天の霊魂(守護の天使)、
すなわち神が人間に対する過分の愛情により
私達に宛てたこの偉大な賜物を理解できたら・・・!
しばしば、天使の存在を思い出しなさい。
あなたの魂の眼を、天使に釘付けにしなさい。
感謝しなさい。
天使に祈りなさい。
天使は、純粋で感じやすいのです。
天使を尊敬しなさい。
天使の純粋さを壊しはしまいかと、絶えず恐れなさい。 』
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この後、守護の天使の為の祈りが続きます。
やはり、祈る事の大切さ。。
祈る事でのみ、神様や聖なる存在と特別な繋がりが構築でき。。
その守りの内に生きる事ができる。。
その様に思います。
ピオ・神父様は、いくつか。。守護の天使に纏わる祈りを考えられ、
その御言葉を残して下さっています。
聖パードレ・ピオに心からの感謝を捧げます。
✝ 全てはみ心のままに ✝
Sofia Michel YOKO

