今日は、2月17日。 私にとって大切な聖人の日で、

『 聖母のしもべ会 』 7人の創始者の聖人の主日です。

イタリア語では、

 Santi Sette fuonatori dell'ordine dei Serivi della Beate Vergine Maria...

と、言った所でしょうか。。





その昔、1233年マリア様の被昇天の主日 ( 8月15日 ) に

彼らの所にマリア様が現れ、修道の道へと導いた所から端を発しているのですが。。


この彼らこそが、Stabato Mater(スターバト・マーテル)に代表されるような祈り。。

マリア様の悲しみにこそ重きを置き、その祈りを始めたのです。

後に、教会全体においても、こうした祈りを祈る様になったのです。


 『 七つの悲しみの道行 』 ( 七つの悲しみのロザリオ ) が、その祈りです。


今日は、この祈りを、皆さんと共にお祈りしました。


   。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


この祈りは。。

四旬節の十字架の道行の祈りと同じように。。

実際、かなり。

かなり、苦しいものがあります。


また、あまりに、非日常すぎて。。 または、つら過ぎて。。 

おもわず意識が逸れて。。 無意識にでも逸れてしまい。。

祈りの黙想の内容に集中しきれない場合もあるかもしれません。。


しかし、私は、この祈りにしか無いお恵みが在る様に。。強く感じます。


そのあまりに辛い出来事を、本当に深く黙想した時。。

心の底から シン。。 とする様な。。

真冬の深夜のような、凛とした静けさが生まれ、

そして、世俗的な事や、エゴや欲から生まれてきているような、

どうでもいい事柄が、心の内から自然と消え去り、

心の内や頭の中の考えが、自然と淘汰され。。

確実に、そうした不必要な思い。。のようなものが、

イエス様の死と共に、確実に死んで絶えてゆくのを、

実感するのです。。



先程お祈りの後の話では、『 去年 』 と話してしまいましたが。。 

その後、よくよく考えてみると。。

もう、3年前の事でした。   


そうそう。。3年前のこの時期に。。 

私は、十字架の道行のイエス様や、それを見守るマリア様の夢をよく見て。。

白昼、その様子が、今ここで手を触れられる程に

あまりにもリアルに思い出されて、本当に辛く。。

涙が出てしまうのを、必死でこらえたり。。

また、夢の中では、彼らの苦しみが、他では無い自分の罪によるものだ。。と、

自分の罪と、確実に直結している。という、

痛いほどの実感を伴いながら、

その苦しむ様を。。

どうする事もできず、あわあわしながら、それでいて、呆然と涙を流して見ている。

という夢で、時には自分の嗚咽によって目覚める程に、

その夢( 自分の罪と人間であるが故の罪 )に苦しんでいた時期でした。


また、大変だったのは。。

夜はそれで。。 

そして昼間は、何故だか、ヴィジョンとして、 剣 が視えるのです。 

こんなに強くヴィジョンが主張してくる事など、今まで一度もありませんでした。

ヴィジョンは、ある種の 集中 をすると確実に視えますが、

そうでない限り、日常の邪魔になる程は視えないからです。


しかしこれは、どう意識を逸らしても日ごとに強くなり、

とうとう、日常生活に不便な程になってきたので、

私は、思い切って、自分の守護の天使様に話しかける事にしました。

( 私の場合、彼らとのコンタクトの99%以上が、

 いつ訪れるかも分からない、彼らの側からのみのアプローチであるので、

 私の側から、『 話しかけた 』 のは、この時が初めてだったように思います。 )


それから、彼らの話を守護の天使様から聞き、 

『 Servi di Maria 』 の存在を知り、自分でも時に辞書を片手にいろいろと調べ。。

スターバト・マーテルだけでなく、

その悲しみの聖母の祈りが在る事を知り。。 そうこうしている内に、

守護の天使に、『 今日のミサの後は、売店によってから帰る様に。 』 と言われ、

売店に行くと、本棚の隅っこが、なぜか光って視えるので。。

そこに行って見てみると、七つの悲しみの道行の祈りの本と、

このロザリオが売っていて。。 

結局、廻り回って、巡り巡って、

・・・祈りの本は、日本語でもあったのか。。と、ガックリ、ゲッソリしつつ。。

( ”あぁ、それ、昨日届いたばっかりの新しいやつなの~。”と

 、売店のおばさまに言われ。。 なぜか、少し元気を取り戻しつつ。。 )


とにかく、その日から、かくして、このお祈りが始まった訳なのです。


また程無くして、この悲しみのロザリオが早速(?!)壊れてしまい、

『 このロザリオを、全てばらして、一から全て作り直しなさい。 』 

と言われたのが。。 

そういえば。。

そもそも、ロザリオ作りを始めたきっかけになったのでした。

 ・・・ロザリオをどなたかから頂く。。のではなく、

 自ら 『 作る 』 だなんて。。

夢にも思ってもみなかった私だったので、

皆目見当もつかない状態から、手探りで始めました。


その道具をみつけたのも、

やはり本との出会いの時と同じ方法で、みんな教えてもらい、

作り方なども、見よう見まね。。という所からスタートしました。

( 残念ながら、作り方は、まだこの時のまま変わっていません。

  ・・・今の所、それも指示の内なので。。  )



・・・。 と、まぁ、様々、こんな調子で、

何やら、  ご縁  というものが、そこに在る様に(勝手に)感じつつ。。

廻り回って、今年。 2014年もこの主日を迎え、

また、私個人も、四旬節に向けての祈りが始まります。




今年は、例年になく長い四旬節が用意されているので。。

また、四旬節に入って、暖かくなった頃にでも。。 

何かイベント的な、お祈りもできる場を用意したいな。。と、思っています。




       何はともあれ、神に感謝。




     ✝  全てはみ心のままに  ✝





          Sofia Michel YOKO







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