ソフィア・エコ・プラン 社長 「はーさんのブログ」 -38ページ目

ソフィア・エコ・プラン 社長 「はーさんのブログ」

薔薇屋のはーさん!Sofia的EcopPanな日々

「体臭をバラの香りに!」の思いから世界初のローズオイルカプセルが誕生しました。
「ローズドリナ」の生みの親 原田博之社長のつれづれブログです。

最近やたらと運転中に、子供の時に覚えた歌がフッと頭をよぎります。


●敵は幾万ありとても、全て烏合の衆なるぞ・・・・


●勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出たからは・・・・


●海ゆかばみずて屍、山ゆかば草むす屍・・・・


●夕べ楽しいご飯時、・・・・兵隊さんのお陰です・・・・



覚えている歌詞も不正確だし、声に出しても意味不明がほとんどです。


1936年前後生まれの人は皆同じようなことを言います。


1930年生まれぐらいの人は学徒動員の経験もあり、正確に軍歌を覚えており、意味も理解しています。


子供の頃の教育は大切だなあとつくづく思います。


今、低学年の英語教育の必要性が叫ばれていますが、早ければ早いほどいいでしょう。


しかし、国語がおろそかになると、きっと国は滅びます。




№402

(2011.6.8)

日本人に親しみ深い外国人の一人として、シーボルトがあげられます。


長崎のオランダ商館で医師をしていたので、オランダ人かと思ってしまいますが、実はオランダの委託で来日していたドイツ人です。


日本とオランダとの間に通商条約が結ばれ、シーボルトの再来日禁止が解除されたのは追放されてから30年を経て、1859年にオランダの貿易会社の顧問として来日を果たしています。


何故今シーボルトかと言うと、この季節、あちらこちらで見るアジサイの為です。


オランダでは、アジサイのことを「オタクサ」と言います。


それは、シーボルトの日本人妻の名前「お滝さん」からきています。


娘は「おいね」と言い、日本に西洋医学を定着させた一人です。


大変大柄な女性で、九州は勿論、四国でも医学で定跡を残しています。


私は、梅雨の季節、アジサイのブルーを見ると、おたきさんとおいねさんの二人がシーボルトと会えなかった30年に思いが至り、胸が締め付けられます。


梅雨の湿気の所以でもあります。



№401

(2011.6.6)

台湾農業の恩人「八田與一記念公園が開園」と産経新聞に出ていました。

(2011年5月27日)


八田氏が1920年、旱魃に悩む嘉南平野に10年かけて烏山頭ダムと約1万6千キロの農業用水路を整備し、不毛の地を台湾一の穀倉地帯に変えたことは台湾の中学歴史教科書にも掲載されています。


台湾の馬英九総統は、「日本統治期に重要なインフラ建設があり、台湾に貢献したことは、事実は事実として評価したい。」

又、

「正直、善良、勤勉、誠実、進取の気風、包容力といった八田氏の人格は、台湾人が持つ価値観と一致する」と述べられたそうです。


私は台湾に行くたびに感じることは、台湾の人達の、日本人としての私に対する親しみのある言葉とまなざしです。


東日本大震災直後に台湾の取引先から、「社内で義援金を20万円集めたから何処に振り込めばいいか」と連絡を受けた時の感激は忘れ得ない思い出です。




№400

(2011.5.27)