東日本大震災被災者支援のコンサートの最後に、聴衆みんなで「ふる里」を合唱しました。
私は、淡路島の景色 瀬戸内海は明石の白砂の海岸を思い浮かべながら歌いました。
母に、海水浴でヘソの位置より深い沖に行かないように注意を受けていて、それを守らなかったことも思い出しました。
弟とヘソの位置に手をやって写っている写真が残っています。
白砂浜は焼けるように熱く、海水は清く澄んで、並んでいる舟の底を4艘迄潜ってこせました。
水中めがねも、竹を切ってロウでガラスを手作りではめこんだものでした。
明石海峡を呉方面に西走する航空母艦を何回か目にしました。
お腹に響くズンズンという音でした。
又、軍艦は巨大でしたが、その全てが海の水雲と消えたと後日知りました。
あれから70年経った今、中国は何の目的あってか航空母艦を建造中とか。
人間って進歩しないですね。
№423
(2011.7.27)