彼は殆どのホステスさんがわけありでこの世界に入ったと確信していますので、“口説く”ことは皆無でした。

時々彼ら2人にN社のK氏も同行しました。


K氏が5歳の頃、2歳年下の女の子と仲良くなり、大人になったら結婚しようと約束して、20年後結婚しています。そんなわけで彼も人畜無害でした。


しかし人畜無害と言われると「俺も男だ!」と叫びたくなります。

ある時一人のホステスさんが

「貴方も・・・するの?」

と、質問ともつかぬことを聞くので、

彼「少なくとも今までに2度。」

と答えると、

ホステスさん「2度?何それ?」

彼「娘が2人おりますので、少なくとも2度の実績があります。」


その日は暇でほかのお客さんがいなかったのでそんな話をしていると、ほかのホステスさんたちが集まってきました。


また一人のホステスさんが

「あなたってどんな顔してするのか、想像できないわ。」

と言うものですから、

彼「ではまず」

と咳払いをしてから、

茶碗を左手に持ち上げ、右手で半円を描き

彼「『お手前頂戴いたします。』と言って三口でいただきます。」

ホステスさん1「それで!、それで!」

ホステスさん2「結構なお手前で・・・・なんてとか言うの?」

彼「いいえ、ご馳走様でしただけです。」

ホステスさん「そして次は?」

彼「元気が戻れば、左手で茶碗をしっかり押さえて、右手で茶せん(?)を持ち、シャッ シャッ シャッ」

ホステスさん「それで?!粗茶ですが・・・なんていうの?!」「じゃ次は?」

と、てんでに質問攻めに会いました。

それ以降、彼は『人畜無害』から『お手前のハーちゃん』に改名されました。


彼とK氏は20件以上のクラブのホステスさんから『人畜無害さん』とあだ名されるようになったおかげで、信頼されホステスさん個人とのお付き合いがどんどん深まりました。

独立資金として何百万、何千万と貯めるお手伝いをしたり、独立時に必要な店の内装費融資をするなどの仕事に役立ちました。

H氏も資金手当ての心配のない情報が入り、クラブめぐりコストに見合う仕事になりました。

K氏も抜け目なく、ビヤホールがホステスさんの出勤前の場所となるよう、サービス券を配り、重宝がられました。


彼は銀行の仕事をお金を中心に考えないで情報を中心に考えるべきだと確信するようになりました。


サービスとしてお金は差し上げられませんが、情報はいくらでも差し上げられますし、差し上げても減らないどころか、違う形で増えてくることもたくさんありますから。




梅田支店勤務時代、彼の担当エリアに同世代の友人K氏がいました。

K氏は某企業の取締役財務部長の席に就いていました。

K氏は大手ビヤホールチェーン社長の娘婿だったのです。


彼はスーツのポケットに小物を入れたり、かばんを持ち歩くのは好みではなかったので、K氏が何百万の小切手を入金してくれても彼は名刺の裏に仮の領収書を書いて渡すだけなので、几帳面なK氏は嫌がりいつも小言を言っていました。

しかし彼のやり方を改めさせることはできませんでした。


性格的には正反対の二人ですが、価値観は同じようで気は合っていました。

神戸支店に赴任して久しぶりに彼はK氏に電話を入れたました。

K氏は喜びました。


K氏「どうしてらっしゃいましたか?」

「ごめん、ごめん、なかなか落ち着かなくて、ちょっと頼みがあるんだけど。」

K氏「いやいや!いいですよ。」

(話も早々に突然)「貴方の会社の神戸地区所在の仕入先住所録を持って、元町駅まで来てください。」

K氏「えっ!はっハイ、わかりました。」

「すまんね。」

K氏「いっイヤいつものことで・・・・・・・」

JR元町駅で落ち合うと彼は、うんもいわさずK氏をスクーターの後ろに乗せてK氏の仕入先を次から次へと片っ端から訪問し始めたのです。

K氏『こちら福○銀行のHさんです。』こちらの銀行に口座を開設してください。来月からはその口座に振り込みします。

仕入先「ハイ わかりました。」

この方法で彼は20社の当座開設に成功しました。当座開設20社は平均的営業担当者の1年分の成果です。

彼は1人の友人のおかげでたったの2日で1年分の仕事をしました。


そのお礼にと、翌月の1週間彼はK氏の会社の宴会担当者をスクーターに乗せて、彼の担当先を回りました。

ちょうど町は師走で忘年会、新年会の予約を取りに回ったのです。


取引先からは「いつから仕事を変えました?」

と冷やかされましたが、

「鳥のから揚げをサービスしますから、どうぞよろしく!!」

と念を入れて頼んで回ったのでした。


『よき友を持つものは、
自分の方でもよき友になれるものでなければならない。
自分だけが得することは不可能である』

「武者小路実篤人生論集4 幸福の条件」(講談社)より

しかし、彼の場合もそういう事なのでしょうか・・・・・・


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ある時、梅田支店長は顧客から所有不動産売却と買い替え物件を探すように依頼されました。

うかつにも支店長は、たまたま来店立ち話をした男にその情報を話してしまいまた。


実はその男、ヤクザモドキだったのです。


数日後、銀行の紹介で不動産の買主が見つかったとの話をどこからか聞きつけたヤクザモドキが銀行に乗り込んできたのです。

モドキ 「俺は各方面の知人に多数の費用を使い、買い手を捜したが、無駄骨を折ったことになる!どうしてくれるんだ!」

といったクレームで半脅しにかかってきました。


支店長は慌ててモドキの対応に回りアタフタです。

ちょうどその時期、支店長は鬱病の自覚があり、彼は詳しい症状を支店長から出勤の車中で打ち明けられていたところだった彼はそんな支店長を見るに見かねて自分が矢面に立ちモドキとの折衝にあたることにしました。


ことは順調に進み妥当な線で手打ちができてやれやれと彼も支店長も胸をなでおろしかけたその時、突然モドキ殿の気が変わったのです。

欲を出したモドキは大声で怒鳴ります!

モドキ 「子ども扱いするな!」

といったん受け取った金を返却してきたのです。


これには彼も頭を抱えましたが支店長はさらに頭を抱え一言!

支店長 「もう駄目や!ハーちゃん、後たのむわ!」

支店長のこの発言は、なぜか彼の正義感に火をつけました。


彼はモドキ宅を訪ねる事にしました。


モドキの家を訪ねた彼は開口一番!

彼 「男子が一度承知した約束を反古にするとは貴方らしくもない。」

と諭すと、


モドキ 「何抜かすか!ボケ!頭冷やせ!!」


と冷静な彼に向かってもどきはカッカカッカしながら手ぬぐいで鉢巻した頭から湯気を打算ばかりに怒鳴り散らし、何のつもりか腹巻から白サヤのドスを出し、

グサリッ と床に突き刺しました。


・・・と思いきや刺した場所が板張りで、しかも中国製の段通が敷いてあったので、ドス自身突き立っているのがやっとでした。


それにかまわずモドキはまたもや、

「頭冷やしてかんがえ!」

と言い残して部屋から出て行きました。


彼は頼りなく突っ立っているドスを見ながら、子供時代育った漁村での近所の夫婦喧嘩を思い出しました。

近所の漁師の亭主は酒癖が悪く、夫婦喧嘩が始まるとすぐ台所から大きな出刃包丁と小魚用の小さな出刃包丁を持ち出し、

「殺してやる!!」

とふりまわし、女房が「殺せ!」というと出刃包丁を女房に投げつけていました。


彼は何度も出刃包丁が飛ぶのをみましたが、女房に当たったのを見たためしはありませんでした。


「殺してやる!!」

と女房にわめく場面を思い出しながら、自分もモドキに

「殺せ!」

と言ってやるかとドスに目をやりながら思いました。

が、頼りなさげに足っているそのドスをちょっと人差し指ではねてみると、ドスは

コロリ と倒れてしまいました。

そんなドスを見て彼は何だかバカバカしく思えてきました。


そしてモドキが戻り、

モドキ 「どや?ええ考えうかんだか?」

彼 「ええ考えかどうかわかりませんけど、とにかく銀行に帰ります。」

モドキ 「支店長によう言うとけ!」

と一喝したあと倒れたドスに目をやりましした。


彼 「銀行に帰る前に曽根崎警察所に寄っときます。」

モドキ なにぃ~!お前今なんて言うた?」

彼 「こんな話命がけでまとめるのん、嫌になりましたので曽根崎署にとどけることに     しました。」

モドキ 「お前アホちゃうか?!そんなことしたらお前のところの取引先や支店長に迷惑かかるのわからんのか?!お前も銀行におれんようになるでぇ~!ボケ!アホ!カス!!」

彼 どうせ私はボケ、アホ、カスです。ドスぶつけるなら当たらんようにたのんまっさ!ほな さいなら」

モドキ 「おっ!!ちょっと待てぇ!」

とモドキに呼び止められましたが、彼は見向きもせず出て行きました。


大通りに出て曽根崎警察署に向かって歩きだしたところでモドキに追いつかれました。

結局、彼の突拍子も無い行動に面食らったモドキは元の金額で合意に達しました。


そして彼は退職せずにすみました。

取引先も支店長も喜んでくれましたが、彼の気分は晴れませんでした。


そしてその後も彼は何回もヤクザモドキと対応することになります。。



支店長配属前の銀行内部の研修で、銀行業務の意識はただ単にタンスの引き出しに眠っているお金を大衆から集め、道路整備や工場建設に回すことで国の復興、発展に尽くすことにあると教えられ、ロマンとやりがいを感じて望まずしていいところに就職できたと紹介してくれた長唄の師匠に感謝しました。


しかしながらよくよく近頃の自分を見直してみると、何か日陰げの薄暗い路地でチョロチョロ動き回っているような自分の姿に嫌気が差し始め“退職”と言う言葉が一瞬頭をよぎっては消え、よぎっては消えと何だかモヤモヤとした日々を繰り返す毎日でした。



モドキとのやり取りの後、約3ヶ月ほどたった雨模様の或る日、支店長は業務部長、彼は神戸支店得意先係長の辞令を受けました。


赴任すると神戸支店長は彼を支店長室に一人呼び、

神戸支店長 「貴方は新規取引先の開拓が得意なようですね。神戸支店は古いしがらみのあるお取引先ばかりで、活気がありません。貴方に期待しています。よろしく頼みます。」

と握手されました。

そしてモヤモヤの彼ですが退職は一先ず延期することになりました。。。


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