企画部に赴任し、企画部長と面談した5分後、MOF(財務・大蔵省)関係の社内稟議を全部読むように指示されました。

そして彼は2ヶ月机にかじりついて読みました。

企画部行員は、殆どが国立大の卒業で私立大は慶応大が一人いたのみでした。


D銀行帰りのM部長(頭取の長男)が慶応大学だったことと何か関係がありそうでした。


彼は関西の私立の『あ法科』卒であったので、企画部では場違いの感がありました。


企画部は役員室と同じ階にあり、常に役員と連絡を取りあっていました。

そして東京事務所殻の情報に頼って、新店開設や新商品の申請をしていました。


彼のように支店を転々とし、予算に振り回されてきた人間にとって企画部は支店の実状無視の財務局指示で動いているロボットのような気がしてなじめませんでした。


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奇想天外もう一人のN氏は、千日前のキャッチバーでビール1本につき3000円ポッキリだからと引きずり込まれました。


その結果ビール1本を30分で飲み、帰ろうとすると、話とは違った法外な請求をされたのです。

請求書を出せと要求すると、奥から強面の兄さんが出てきて取り囲まれました。


兄さん「払わんつもりか!!」と凄まれ、

N氏「僕は銀行員です。金銭のけじめはちゃんとつけます。」

兄さん「そしたら払え!!」


N氏はいかにも大人そうに(彼にはN氏の様子が想像できます)

N氏「明細がなければはないません。」

兄さん「何ぃ~!それで済むとおもうんか、銀行やさん」

N氏「はい、思てません。」


と、N氏はおもむろに床に寝転び、大の字になってかわいい声で、

N氏「お兄さん方、好きなようにしてちょうだい。あざのできるような半殺しはお兄さん方が困ることになりますよ。証拠が残らんように殺してから道頓堀に掘り込んでおくれ。」


と言われたお兄さん方は何もしないとバツがわるく、足でちょっと蹴ったり、手でつついたりして大声で何か怒鳴っていましたら、N氏はやおら立ち上がり、今までと態度を一変させ、

N氏「殺せ!!お前らよう殺さんのか!」と言いながらカウンターに向かって小便を引っ掛けたそうです。(これは同行した行員2人からの談話。)


そしてホステスに

N氏「一人3000円、3人で9000円」

と言いながら、1万円札を渡し、1,000円のつりを受け取り、

N氏「また来るわ。」

と言ったら

兄さん方声を揃えて「来んでええ、来んでえぇ!」

と言ったとか、うそのような本当の話です。


M,N氏の両名は例外として、残りの4名の支店長代理は所謂、常識的な銀行員でした。

彼のことは自分たちの範疇の人に入れてくれていましたが、3人にはまねできない不可解なところがあるらしく、3人とはちょっと壁がありました。


支店長がM、N氏と彼の3人を管理し、次長が真面目な3人を担当している様子でした。

彼は支店長の期待にこたえるべく仕事に励みました。

が、また虫が騒ぎ始め、

「イギリスの娘に会いに行く。」と休暇届けの申請を書き、2週間休んで帰宅すると、

企画部勤務を命ずる、と辞令が出ていました。


Y支店長から親切なお言葉をもらいました。

「銀行員が折衝する相手は企業、商売人、家計を預かる人だけではない。財務局、大蔵省の人たちとの折衝、お付き合いも経験したほうがようい。勉強してらっしゃい。」


こうして彼は企画部へ行くことになりました。


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船場支店での職位は支店長代理でした。

彼を含め、6名で船場支店の予算を背負っていました。


そのうちの2名は自分でも悪(ワル)と自覚しており、仕事は出来ましたが、常道を逸したことをしでかすような人物でした。


そのうちの一人は尼崎支店勤務当時に、支店屋上の書庫で、営業時間中の女子行員(後にM夫人となる)と、何かをした後、出金伝票で拭いたとか・・。


ある時は彼がM氏に真偽を確かめたところ、『ツルツルして大変拭きにくかった』との回答でした。


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