彼は法人社長を対象に麻雀大会を開くことにして、行員、知人から麻雀牌、卓を10セット準備し、2回の集会会場に設営しました。


彼はまず優良法人の取引先を10社選び、彼の福○銀行と取引のない会社のお友達3名と同伴してくれるよう頼みました。


参加者にとっての魅力は、会費1,000円で浴衣をきた女子行員のビールお酌(今ではセクハラと言われそうですが)、男子行員の手料理、そして壇上に並べられた豪華商品です。


物につられるのを嫌がる社長さん方も何人か居られた様子ですが、日ごろから面白い銀行と奥さん方から聞かされていた社長方の興味を引き、予定の取引先10社、来社取引先30社の社長が勢ぞろいしました。


TV,その他の景品は彼が4年後常務として勤務することになる現金問屋の協力を得たものでした。


ゲームが始まると台所から肉と野菜炒めの香りが会場に流入し、ポン、ロン、の声が飛び交う中を若い女子行員が、ビールをお酌して回ります。


「お兄さんにサービスするつもりでやってほしい。」と事前に頼みましたが、

「父は晩酌しません。」など、つれない返事。


しかし始まってみるとニコニコして、お酌している姿に彼は感激し、涙がポロリと落ちました。

絶対お返ししてあげようと決心しました。


無事大会が終わり、商品は翌日該当会社に届けました。

10社の取引先社長には電話でお礼、30社の取引の無い会社へは、支店長である彼が全社お礼参りをしました。


1ヶ月以内に30社以上の法人取引が増えました。

今度は“麻雀屋の銀行さん”と言われました。


支店近隣の小、中学校の運動会には深江支店全員が手分けして子供たちの写真を撮りに回りました。

最近のように、個人情報だとか、プライバシー侵害だとか言う人もいなかったので、

「○○小学校。中学校運動会写真展」として銀行ロビーに展示して来店客には無料でお持ち帰りいただきました。


残った写真を整理処分しようとした得意先係長に彼は叱りました。

「残った写真が宝である。」と宣言し、得意先担当が手分けして届けるよう指示しました。

得意先係長「支店長、気持ちはわかりますが、住所も名前もわからん子の家を探すのは無理です。」

彼「そんなことはないと思う。小、中学校は学区制だから、近所の人は皆顔見知りや。」


1週間ほどかかりましたが、すぐに住所、名前がわかり、写真はすべて配られました。


今度は“写真屋の銀行さん”と言われました。


運動会写真配布の効果はすぐに表れました。

ロビーには普段ロビーでは見たことのない人々であふれました。


写真をもらいっぱなしでは申し訳ないという義理堅い人たちが押し寄せたのです。


個人預金口座と資金は順調に増え始めましたが、法人預金は相変わらず低迷していました。



彼はまず、不用になった本を寄付してくれるようにビラをまきました。

営業担当には個別訪問させ、古本を集めさせました。

そして彼は新聞社の社会部に連絡を取り、古本を売った代金を有意義な団体に寄付してくれるよう依頼し、社会面の記事にしてもらいました。


古本は駐車場を埋め尽くすほど集まりました。

その本に10円、50円、100円と値段をつけ、ロビーで販売したら10万円程集まりました。


本社総務がそれを聞きつけ様子を見に来たときには10万円程が新聞社に渡った後でしたので、「銀行ロビーでの物販は銀行業務ではない。」とか、「古本屋から苦情が来たらどうするのか。」と小言を言われましたが、「苦情を言う古本屋さんには残った本を差し上げます。」とか何とか言い訳して事なきを得ました。


また苦情が総務部か人事部からあることは予測されましたので、あらかじめ顛末書と始末書を準備しておきましたら、

総務部担当者「手際の良いことで。」

と顛末書の方を持って帰りました。

二度と定款に触れるようなことはしませんと書きましたが、その後何回もやりました。

その都度顛末書か始末書を本部行員に手渡しました。


販売しきれず残った本はロビーに置き、無料お持ち帰りの貸本にしました。

本を提供してくれた家には新聞記事をコピーして御礼に回りました。


テリトリー内の人々からその後、“古本の銀行さん”と呼びとめられました。

営業担当は、預金集めよりは古本、、TV、冷蔵庫、タンス、コタツ、扇風機等の不用品情報を集めて、必要な家に知らせることが本業のごとくなりました。


売ります、買います、あげます、ください、の情報誌も作りました。


中古電気屋の銀行さんとも近隣の人から呼ばれるようになりました。