絶対(不)自由 -12ページ目

絶対(不)自由

悠久の風に吹かれながら・・・
アジア横断・北南米大陸縦断を終えて、オーストラリアで働いて、
南太平洋のアイランドホッピングも終えて、オーストラリアも一周して、
今度は行ってない東南アジアを行こうと思った。

インドネシアもとうとう終わり。終わりに近づけば近づくほど難易度が高くなっていった気がする(笑)
この回はインドネシア出国まで。

5月1日
トラベルの車種がミニバンなのと運ちゃんの運転の荒さがあだとなり全く眠れない。一睡もできなかったのは少しきつい。まぁバタム島へのフェリーは8時間ぐらいかかるらしいんで、そこでゆっくり寝て行けば良いか・・・

運ちゃんも眠いのか、周りに車がいなくなるとみるみる減速していく。そして追い越されると思い出したかのようにスピードを上げる。
何故かはわからないが、ドゥマイ手前の村で車を停めたりのろのろ走ったりしながら、しきりに電話で何か話している。疲れたから代打を訴えているのかよく分からないが、もうすぐなんだからさっさと終わらせちゃえば良いじゃん。何より俺が朝7時のフェリーに間に合いたいのは知ってるはずなんだし。もちっと気合を入れなさい!

日が昇るころにトラベルはドゥマイに到着した。
乗客のほとんどを目的の場所で降ろし終わり、町中の支局に着いたのは午前7時を回った時だった。もちろんバタム島へのフェリーは今日はもうないとサラッと言われる。運ちゃんがもうちょっと気合い入れて頑張っていればギリギリ間に合ってた感が否めないが、過ぎたことを責めてもどうにもならなし、怒鳴ってもまともに聞くわけないからストレス発散にもならないんで、静かに第二案に移行することにする。

マレーシア経由でシンガポールへ入国するのだ。

マレーシアのマラッカへのスピードボートを取り扱う窓口へトラベルで連れて行ってもらう。これはもちろん無料。狙い通りマラッカへのスピードボートはまだあった。ただ午前8時ごろ出発と思っていた船は、実際には午前10時出発だった。300kルピアと、値段も聞いていたものより少し安かった。



ドゥマイからマレーシア方面を扱う船会社

午前9時にオフィス前から無料のシャトルが出ると言われた。窓口の女の人はどうやら華僑のようだ。ジャカルタ以外じゃ見かけなかったんでマレーシアが近いことがうかがえる。

出発まで時間があったんで近くのワルンで朝飯を食う。トンロンTonglongという餅のようなものにカレーをかけた料理を専門にするワルンに人が集まっていたんで、そこで飯を食うことにする。うむ、なかなか美味だ。ゆで卵も入っていて朝食にはぴったりだ。値段も9kルピアとなかなか良心的だ。けどエス・テーがなんで7kルピアもすんの?こういうところなら3kぐらいじゃないの?

シャトルバスは15分前にオフィスの前に着き、午前9時ちょうどに港へ向けて出発した。

港の待合室がそのままイミグレになっている分かりやすい構造で、イミグレもフィリピンやマレーシアやインドネシア入国時よりもずっとスムースに終わった。ただ出国スタンプをページのド真ん中に押したのは気に食わん!

待ち受けていたスピードボートは、ボルネオ島でよく見かけた中国製のものだった。船内はエアコンも利いていて快適そのもの。船内でタバコを吹かす人もいなくなり、この船からインドネシアではなくマレーシアになった。



この船会社でマレーシアのマラッカへ


さよならインドネシア

スピードボートは定刻の10時より20分ほど遅れて出発した。イミグレが絡むのでこういった多少の遅れはどうしようもない。

しかし、いまさらだが、10時発だったのは正直痛い誤算だ。インドネシアのジャワ・スマトラ島とマレーシア・シンガポールには一時間の時差があり、こちらの10時があちらでは11時になる。バタム島から入国する予定だったんで友人とはハーバーフロントに午後7時ごろに待ち合わせしているんだが、マレーシア側から入国となると場所が正反対なうえ、余計な出入国と移動時間がかかり、予定の時間にギリギリになってしまう計算になる。免税エリアでビールを買い込みたかったが、どうやらできなさそうだ。

出発して間もなく、水と簡単な昼飯が配られた。時間の焦りはあるものの、移動自体は楽ちんそのもの。
ただトイレのカマル・マンディが意味不明な構造だった。便器や便座のようなものは一切なく、お椀型の穴に絶えず水が渦を巻いて流れている。どうやらこれにするようだ。大小どちらか一方だけなら良いとして、両方したくなったらどうすりゃ良いんだ、これ?

そんな小さな疑問を置き去りにするように、ほぼ予定通りの三時間後にスピードボートはマレーシアのマラッカの港に到着した。




続きます。
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交通情報
・パダン-ドゥマイ

バスはなく、トラベルのみ運行。170,000ルピア、所要12~15時間(運転手の気合と気分による)。写真はトラベルの会社で配られたペットボトルの飲料水。

・ドゥマイ-マラッカ(マレーシア)

毎日一便運行。300,000ルピア、所要3時間。マラッカの他にもクアラルンプールに近いポート・クランPulabuan Klangやポート・ディクソンPort Dicksonへのスピードボートもある。
ボートにはエアコンやテレビもあり、海がしけてなければ揺れも少ないので快適。
写真は運行スケジュールと料金表。チケット代にターミナル料も含まれている。
無事友人宅に潜り込めた。今現在は無事シンガポールで、友人宅でぬくぬくとしている(笑)
とりあえず、インドネシア最後の日記である。

4月28日
バスが頻繁に揺れるんでやっぱり良く眠れない。寝不足がまたっている。
窓を見るとバスは山間部を走っていた。このバスの行き先が「パダン・ブキティンギ」と書いてあり、どちらが最終地なのかわからなかった。まぁブキティンギにも行きたいとは思っていたし、パダンからも近いんで別に問題ではないんだが。
伝統家屋がまばらに見える村を抜けると、バスは折り返して山を下って行った。どうやらブキティンギだったらしい。ってことはこれからパダンに行くのか・・・?
二時間ほど走ってANS社のオフィスに着いた。バスの最終地に着いたようだ。運ちゃんに場所を聞くとパダンだと答えた。
とりあえず今どこにいるのかよく判らなかったんで、携帯電話を持ってる人を探し出してヤヤンに電話することにした。
よかった、電話は通じた。ヤヤンは今働いているので、今俺がいるところから歩いて五分ぐらいのところにバスコ・ショッピングモールBasko Shopping Mallがあるので、そこのKFCで午後3時に待ち合わせすることになった。6時間以上時間が出来てしまったことになる。電話を返すと通話料をせびられる。よく分からないふうにしていると金額を画面に出してきた。4437ルピアと出てきたんで5kルピア払うと、10kルピアをせびられる。4,500なんだから5,000で十分だろうと少し言うと、ケータイを閉まってどこかへ行ってしまった。
バス会社のオフィスでゆっくりしてても良いが、暑いし、オジェやタクシーの運ちゃんが寄ってきて騒がしいんで、バスコへ移動することにした。
バスコは10時開店だった。デパートなのに、パチンコ屋かよ(笑)しばらく待って開店時間に中に入り、朝飯にKFCの5,500ルピアのスープを買ってWiFiのパスワードを聞き出し、ネットをやりつつ時間をつぶす。
昼飯にさすがにファストフード店は高いので、バスコの目の前にあったパダン料理のワルンで飯を食う。カリ・アヤムというココナッツクリーム入りチキンカレーを、地元スタイルで手で食べる。インドネシアのカレーは、インドのものと違ってココナッツクリームをたくさん使うので、味がまろやかで辛いが旨い。
KFCに充電ができるコンセントが見当たらなかった。J.CoというスタバのようなカフェでWiFiとコンセントが見つかったんで、こちらにいどうして時間をつぶすことにする。時間はつぶせるんだが、ここ二日間はろくに寝ていないんで本当はベンチで横になって寝たいのだ。ベンチがないのがかなり痛い。
午後3時になってヤヤンからメッセージが入り、ようやく再会を果たせた。忘れていたが、ヤヤンは空港の税関で働いている。インドネシアではエリートの部類に入るんではないかな?
今回はヤヤンの友人宅にお世話になることになった。ヤヤンとは一時別れてベモ(スマトラ地方ではアンコと言う)やタクシーを使って、ヤヤンの友人ことシャリアルの社宅へ向かう。
社宅は郊外にあり平屋タイプだった。シャワーや洗面台はなく、地元民仕様のカマル・マンディだった。どうやら地元民はマンディの水ですべて用を足すようだ。すでに慣れたスタイルなんで抵抗も何もない。むしろ手さぐりで発見してきたカマル・マンディの使い方があってたことに安心した(笑)
少し休憩して、シャリアルに原付に乗せてもらい、夕日や街を一望できる丘の上に連れてってもらったり、街中でアイスドリアンという練りドリアンが乗ったハロハロをご馳走になったり、ヤヤンと合流してパダン名物の牛肉のサテをみんなで食ったり・・・。
至れり尽くせりであった(笑)二人とも英語が堪能な方なので、いろいろ聞いたり聞かれたりした。やはりインドネシア人の大卒初任給は月手取り1万5千円ぐらいらしい。
この金遣いでどうやってやっていってんだ?



丘の上からのパダンの夜景


アイスドリアン


4月29日
日中はヤヤンもシャリアルもいないので、朝からブキティンギへ行くことにした。バス乗り場まで社用車で送ってもらう。
ブキティンギまではバスコ・ショッピングモールの近くにあるバスで行く。20kルピア。
やはりANSのバスはブキティンギを経由していた。ブキティンギのバス乗り場から中心部へはアンコを使って4kルピアで行ける。
三方を火山に囲まれた盆地に開けた町で、なかなかゆったりした雰囲気で居心地が良さそうだ。
見どころは、パノラマ公園から見るインドネシアのグランドキャニオン「ガライ・シアノ渓谷」と旧日本軍が作った防空壕、町の中心の時計塔と広場ぐらいだ。全部徒歩圏内でコンパクトにまとまっている。外国人観光客は少なく、専らインドネシア人の観光地と言った感じだ。
まずはパノラマ公園へ。巨大な絞め殺しの木が印象的な公園で、ここからガライ・シアノ渓谷が一望でき、旧日本軍の防空壕に入れる。渓谷をゆっくり眺められる休憩所があるのが良い感じ。風景は壮大って訳じゃないが、ゆっくり眺める分にはおあつらえだ。防空壕へは132段の階段を下りて中に入る。最初は良いんだが、中は整備され過ぎていて単なる荒く作った地下道が続いているようにしか見えない。観光客が来ると入口で延々と記念写真を撮るんでウザいことこの上ない。
次に時計塔の広場を超えて、コック要塞とかがある北側を歩いてみる。距離は大したことないんだが、坂の町なんで意外と疲れる。そして歩道橋が見えたところで入口が分からなくなり、諦めて広場に戻る(笑)
適当なワルンでナシゴレンを昼飯にして、広場で見つけたシーシャが置いてあるカフェで山の景色を眺めながらリラックス。しかし雲がかかるわ雨が降り出すわ、シーシャの火を変えてもらえないわで中途半端な残念な気持ちになる。まぁ時間が潰せたんで良しとするか。
パダンのバス乗り場には午後5時ごろ着いた。ヤヤンから借りてるケータイで電話を入れるが、ヤヤンがなかなか来てくれない。
日もどっぷり暮れてしまった時、子連れの親子が話しかけてきた。どうやら一人でいるのは危ないから私の家に来なさい的なことを言っている。別に疑ってはいないが、友人を待っているんでそうするわけにもいかない。事情を話しても英語がほとんど通じないんでなかなか伝わらない。ヤヤン、早く来てくれ。みんなが俺を助けてくれてしまう(笑)
親子がしびれを切らそうとしたその時、ようやくヤヤンがバイクに乗ってやってきた。ふ~、面倒なことにならなくてよかった、っていうか遅ぇよ(笑)
親子に別れを告げて、途中のワルンで牛肉カレーを食って腹を満たしシャリアルの家に戻った。
家に戻ってから今後のことを話し合う。俺はシンガポールへ向かうためバタム島へ行きたいのだが、パダンからバタム島へのアクセスとなるドゥマイまではバスがなくトラベルしかないようだ。そしてドゥマイからバタム島へのフェリーは朝7時発の一本だけ。ちょうどヤヤンの友人が明日の夕方にドゥマイへトラベルで行くと言うので便乗させてもらうことにした。夜行のトラベルなら、朝のバタム島へのフェリーに上手く乗り継げるかもしれない。
一応、朝8時ぐらいからマレーシアのマラッカ行の船もあることを教えてもらった。マラッカからジョホール・バールJohor Bahruへバスで行き、そのままシンガポールへ入国したほうが安いらしい。ただこちらは出入国手続きが多くなるんで時間がかかりそうだ。こちらは第二案として候補にしておこう。
ちなみにパダンからバタム島まで飛行機で飛んでしまったほうが一番安くて速い。ヤヤンもシャリアルもしきりにこちらの方法を推してくる。
わかってる。わかってるって・・・



ブキティンギのシンボルの時計塔


パノラマ公園からのガライ・シアノ渓谷


旧日本軍の防空壕入口


伝統的なミナンカバウ様式の消防署


ブキティンギは坂の町


4月30日
移動は午後5時からなので、それまでシャリアルから家の鍵のスペアをもらいゆっくりと過ごす。
日記を書いたり洗濯したり、意外とこういうことは一人でないとできない。それにしても洗剤の泡立ちが異様だ。液体洗剤だったんで量を間違えたかもしれない。
午後から昼飯も兼ねて町に繰り出す。アンコタに乗って着いたところがお誂えにもマタハリデパートに近かった。昼飯はその周辺の市場にあった屋台で適当にミーアヤムを食べる。
マタハリデパートにJ.Coffeeが入っていた。一番安い16kルピアのコーヒー・オブ・ザ・デイを注文して、WiFiをつなげていろいろ情報収集。出てきたコーヒーが久々のドリップコーヒーで満足である。
時間になったんで家に帰える。
帰るとヤヤンがすでに待っていた。もうすぐトラベルが来るらしい。身支度を終えることにはトラベルが外で待機していた。
一緒に写真を撮ってヤヤンとシャリアルとお別れ。いつか日本に来たら連絡くれよな!
トラベルは一旦会社に戻り、清算をして客を行き先別に車に割り振る。ドゥマイまで170kルピアだった。カリマンタンより安くて助かる。
午後6時過ぎ、トラベルはドゥマイへ向けて走り出した。運転は過去最悪の荒さ。追い越しの際に対向車にハイビームを浴びせてブレーキを踏ませている。
無事にドゥマイへつけますように・・・(笑)




友よ、貴重な体験をありがとう。
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デカい動物、それは男子永遠のアコガレなのだ!
な!

4月25日
スマトラゾウに乗れるところとして知られるワイカンバスWay Kambas国立公園の起点となる町バンダル・ランプンBandar Lampungを目指す。まずはカリデレスからスマトラ島へのフェリーが出るムラMerakに行く。
朝6時に宿を出る。カリデレスまでのバスウェイは昨日のロープレが功を奏し順調だった。行き先別にホームが分かれてるのに車掌が行き先を連呼してるのは、もはやどうにもならないアジアの宿命を感じた。
カリデレスからムラまでの道のりは二時間ほどと聞いていた。料金は25kルピア。エアコンの利いた車内はそこそこ快適だが、2×3列の狭い座席はすこぶる座りずらい。しかもローカルバスなんで客の乗り降りが激しい。途中の高速道路は日本のものと造りが同じだった。たぶん日本の援助で開通したんだろう。
朝7時半にカリデレスからバスが出て、ムラに到着したのは11時過ぎだった。全然二時間じゃねぇじゃん。倍ぐらいかかってんじゃねぇか。ぶったまげた。大誤算である。
バスから降りると、バイタクことオジェの客引きがおきまりで群がってくる。売店が並んでるところを向って右に3分ほど進めば港なのに、港までは遠いZe☆兄ちゃん、10kで、いや5kで乗せてってやるYO!、と強気に言い寄ってくる。歩いて三分ぐらいのところを5kルピア払って乗ったら馬鹿の極みである。しばらく歩いたらオジェはいなくなった。
ムラからスマトラ島のバカウニBakauhuni港まではフェリーで二時間ほど。15kルピアで日本の中古船舶に乗り込む。フェリーターミナルでは電光掲示板に英語の表記が見られる。係員に英語が通じないのに(笑)
朝から飯を食ってなかったんで、途中バスに乗って来た物売りから買ったドーナツと、船のキオスクでコーヒーとカップラーメンを買って食う。値段がペルニより少し高かった。なかなか暴利である。
11時45分に船は出発。すると、突然キーボードの音が場内をこだますると、どう見ても不細工でデブな男女が前に出てきて大音量で歌い始めた。曲はインドネシア語なんでさっぱりわからないが、なんか20年ぐらい前の日本の歌謡曲を強制的に聞かされてる感じだった。つうかコード進行が全曲ほとんど同じなんで同じ曲に聞こえる。
カラオケ大会も終わってしばらくすると、船はバカウニ港に着いた。下船の前にトイレを済ませる。年季が入ってたんでなかなか汚いトイレだった。
ターミナルから出るとすごい人だかりがお出迎え。
そのうちの一人にバンダルランプンに行きたいことを伝えると「着いて来い」と言ってきた。確認するとタクシーの運ちゃんだった。馬鹿が、誰がお前なんぞ頼りにするか!
続いてすごい勢いで客を引っ張り込んでいるオヤジが声をかけてきた。こちらはカリマンタンやスラウェシで使ったトラベルの客引きらしい。ランプンまで値段は50kルピアと言った。
するとすぐ横でローカルバスの客引きが声をかけてきた。もはや客の争奪戦である。ローカルバスは25kルピア。こちらで決まりだ!ちなみにエアコンバスとノンエアコンバスが並んでたが、どちらも値段が変わらなかった。
バスはカリマンタンに似た熱帯の森林の中をゆっくりと走り抜ける。もうすぐインドネシアの旅が終わると言うのに、ふりだしのカリマンタンに戻されたような感じだ。
途中から激しいスコールが降ってきた。上がってきていたテンションが一気にダダ下がってくる。お願いだ、着くころに止んでてくれ。
願いが通じたのか、ランプンのバスターミナル「ラージャバサRajabasa」に着いた時には雨は上がっていた。そして預けておいた俺のダッフルバックは水浸しの地面に無情に置かれていた。
バスターミナルに着いたので、宿探しの前にワイカンバスやパダン行のバスの情報を軽く集めておく。おい、オジェのオヤジ、そんな乗せたいからって道をふさぐんじゃねぇよ。邪魔なんだよ!
よし、ワイカンバスへのバスは朝7時からあるようだ。パダンへも毎日あるようだ。今はこれだけわかれば良い。さあ、宿探しだ。
バスターミナルから出たら適当にでかい道に出て、あたりを見渡して、宿らしいものが見つからなかったら適当に歩き出す。
途中ワルンや屋台で飯を食ってる人にロスメンがあるかどうか聞いたりする。どうやら近くにロスメンがあるようなんだが、俺があんまりインドネシア語が喋れないことが分かると、すぐそこの距離をバイクに乗せて連れて行ってくれた。バリにはないこの優しさがインドネシアだ!
ロスメンは一泊150kルピアした。ちょっと高いが、他にあてがないし、一泊か二泊の辛抱と割り切りここに泊まることにした。トイレは洋式だが、シャワーのない行水タイプだった。
近くの屋台でナシゴレンを適当に食って、再度ラージャバサ・ターミナルへ。今度はしっかり情報を集める。
すると、サラギSaragiと名乗るバス会社の男が現れ、通常450kルピアするエアコン・トイレ付のパダン行のバスを350kルピアで良いと言ってきた。この人の教師が日本人だったのだそうだ。350kルピアなら310kルピアのエコノミーバスと対して値段が変わらない。値段は押さえておいて、とりあえず明日の朝の気分次第でその値段で買えるように保留しておいた。
さらにサラギはここからワイカンバス国立公園への行き方も教えてくれた。
まずここからワイカンバス手前の村までバスで2時間ほど28kルピアで行き、そこからオジェでワイカンバスまで5~60kルピアで行くことになるんだと言う。往復四時間なら一日で十分そうだな。
ま、明日は朝早いから、今日はもう寝ることにしよう。



道中の高速道路は日本と同じ作り


こんな船で海峡を渡る


出発してしばらくしてからカラオケ大会が始まった


バンダルランプンのバスターミナル「ラージャバサ」


バンダルランプン周辺では象の鼻を模した装飾が目立つ


4月26日
日帰りで行けると踏んだんで、朝早くに宿をチェックアウトし、バスターミナルでサラギから今夜のバスのチケットを購入する。ジャカルタから来るバスの到着は夜7時か8時ぐらいだと言う。
続いてワイカンバス手前の村まで行くバスに乗ろうと思ってたんだが、サラギを待ってたら7時を過ぎてしまったんで、次のバスは9時出発だった。
2時間も待ちぼうけと、朝飯をまだ食べてなかったんで近くの売店でナシゴレンを食べる。どうやらこの売店のおばちゃん、サラギの母ちゃんらしい。
9時になったんで出発。なかなかおんぼろのバスである。ACと書いてあるのにエアコンは無かった。バス会社が荷物を預かってくれなかったんでダッフルバックと一緒である。まぁワイカンバスで手荷物ぐらい預かってくれるだろう。
しかし、ランプンを過ぎたあたりから悪路の連続だった。ただでさえ足の遅いバスなのにさらにスピードが出ない。それに追い打ちをかけるように、鈍足のトラックが何台も前に連なっている。
2時間ぐらいのはずが、村に着いたのは5時間ほど経ってからだった。行きと同じ道を行くんであれば同じ時間かかると言うことなので、ゾウに乗りに行ったら超高確率でバスを逃すことになる。目的を目の前にして帰らなくてはならなくなった。俺は一体何しにここに来たのだ・・・
やっぱり帰りも5時間かかった。ただ途中スコールが降っていたんで、あのままゾウに乗っていたら雨に打たれていたことになる。良いんだか悪いんだか・・・。まぁもうどうでもいいや。
ALS社のサラギの事務所に行くと奴はいなかった。するとサラギの母ちゃんが「何も食べてないんでしょ。ナシゴレン食べていきなさい!」みたいなことをインドネシア語で言ってきたんで、バスを待つかたわら食べることにした。ちりめんみたいなのが入っていてなかなかうまいのだ。
ナシゴレンも食って、食後のトルココーヒーやグリークコーヒーに似たインドネシアコーヒーを飲んでいると、サラギがやって来てバスが遅れていることを知らされる。どうやら海が荒れているらしい。
サラギの両親もなかなか良い人たちである。ただ一緒に働いている娘を俺に紹介してくるのはちょっと困る。確かに美人で可愛いんだが、これから旅立つ者としてリアクションに困る(笑)
ANS社のバスは、しとしとと降る雨の中、夜10時ごろにやって来た。ALSはANSと提携しているようだ。一字しか違わないんだから統一しろ!
それにしても、ここまで遅れたんならゾウに乗れてたわ、畜生!



分かりにくいけどとんでもない悪路


4月27日
パダンまで30時間ぐらいとのことなので、今日一日バスの中だ。
日中エアコン車はありがたいんだが、夜はかなり冷え込む。ブランケットを出したかったんで、トランクルームを開けてくれと頼んだらあからさまに舌打ちされた。こういう小さなストレスってたまるんだよね。パダンで二・三回こづきてぇ、こいつ。
このバスも道中の悪路と鈍足トラックに気をもんでいた。そうとう遅れてしまったのか、昼飯休憩がなく道端の揚げ豆腐屋で小休止を取っていた。
周りの風景はヤシとジャングルと農耕地。カリマンタンと似ているが、やっぱりどこか違う。あのひょろ長な木がないせいかもしれない。
バスはジョグジャで使ったのと同じようなグレード。スラウェシやバリで使ったのと比べるとやっぱり見劣りしてしまう。
それにしても運転手の一人のオヤジがなかなか運転が荒い。急ブレーキに急ハンドルが頻発する。過去最悪の運転手だ。お願いだから事故んなよ。
パダンではブルネイとコタキナバルを共に移動したヤヤンが出迎えてくれるはずだ。インドネシア人の暮らしぶりが見れるんで、なかなか興味深い。
はあ、それにしても寝づらいなぁ・・・




というわけでゾウに乗れなかった(笑)ワイカンバスへ行く際はツアーを組んだ方が早くて良いかもしれない。
スマトラ島南部は観光開発がほとんどされてないんで見どころは少ないのだ。
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