志村くんが生前開いていた飲み会の名前に由来するそうです。
お酒、あまり飲めなくて、コーラばっかり飲んでいたって聞いたけど…みんなと飲みに行くのは、好きだったのかな。
12:00~15:00の昼の部と、17:00~20:00の夜の部の二部構成になっていて、夜は出掛けにくいので、昼の部に行くことにしました。
開始時刻の12時前に着くように、地元で買ったお花を抱えて、中野サンプラザへ。
この中野サンプラザは、フジファブリックがインディーズの頃、志村くんが近くでバイトをしながら、ここのホールでライブでやることを目標にして、見上げていたといいます。
富士山にも似た、三角形の建物。
この日、志村くんに会いに、いろんな想いを抱えた15000人もの人が、ここに集まったそうです。

着いたのは、11時40分。すでに、沢山の人が列をなしていました。
外の広場に4列になって、開場を待ちました。
若い女の子、男の子、年配の方、赤ちゃんを連れたお母さん、制服を着た女子高生、様々な年齢の方がならんでいました。
手にした花束は、フジの曲に因んでいたり、大きかったり、一輪だったり。色もかたちも様々だけど、志村くんにありったけの想いを込められているのは同じ。
春のような陽射しの下、どの花も、とても綺麗でした。
そう、地元駅のほうは曇っていたのに、中野の上空は、晴れていました。
後で聞いた話だと、時折パラパラと、かすかな涙のような小雨が降ったみたい。
フジファブリックの大ファンのお友達から届いた、お花の写真を添付したメールや、私の分まで伝えてね、というメールを見て、もうすでに、涙腺が…。
12時ちょうどのチャイムが鳴り、ほどなく列が進みはじめました。
見慣れた赤絨毯の階段を上ったところで、メッセージカードを手渡されました。
志村くんへのメッセージを記入したら、壇上のギターケースへ入れて下さい、ということが書いてあって、“ギターケース”というところが、もう堪らなくて…。
会場に入ると、ステージの中央に、大きな志村くんの写真が。
左手をハットに添えて、右手をグレーのジャケットのポケットに突っ込んで立っていました。
『ティーンエージャー』の頃の写真かな?格好よすぎるよ…。
3Dになっている訳でもないのに、左手が立体的に浮かんで見えたのは、何故なんだろう。
その綺麗な顔を、最初は直視出来ませんでした。
三角にかたどられた、白、青紫色、紫色の花は、富士山を模しているのだと気付くまでに、しばらくかかりました。
稜線が ちゃんと、富士吉田市から見た富士山になっていました。
富士山の真ん中には、テレキャスっぽい形のギターが、赤い花で作られていました。
富士山の裾野には、花をかたどった花も。
ステージ上には、7本のギターと6つのアンプが並べられていました。
ステージ前方、両側に、この日だけはメッセージカード入れとなる、愛用のギターケース。
入場順に前から座席に座って行ったのだけど、私の席は、写真の真っ正面、会場の真ん中でした。
メッセージカードに記入してお待ち下さいと言われ、手が震えてうまく書けなかったけど、感謝を伝える言葉と、最後に、想いを伝えてと託された方々のお名前を、連名にさせていただきました。
書き終わって、深呼吸してから、皆さんから預かった、志村くんへのメッセージを書いて来た文面を、一人ずつ、真っ正面の志村くんの写真に向かって、心の中でお伝えしました。
お預かりしたお花の写真も、志村くんに見せました。
その間、場内は誰も喋ることなく、みんな志村くんと対話していたのだと思います。
静かな会場に、小さな音量で、フジファブリックの曲が流れていました。
そうしているうち、ホールが満席になり、12時40分くらいに、司会の女性が、来場の御礼の言葉と、『メンバーの献花に続き、献花をしていただきたいと思います』と告げ、一輪の花を手にした金澤さん、加藤さん、山内さんの3人がステージ前に出てきて、献花しました。
本当なら、手にしているのは花ではなく楽器で、4人でステージの上にいるはずなのに…。
何か志村くんに話しかけるようにされていて…場内のあちこちから、堪らずすすり泣く声が聞こえました…。
そして、客席のほうを向かって3人が頭を下げて。
…メンバーの気持ちを思うと、胸が痛くて、辛くて、苦しくて…堪らなかったです…。
続いて、客席の1番前から、献花が始まりました。
座席のあいだを縫うように列は進み…ステージ前に着くまで、どれくらいかかったのか、あまり覚えていません。
席がわりと前のほうだったので、そんなに時間がかかっていなかったはずだけど…。
その間、さっきより少し音量が大きくなったフジファブリックの曲が、流れ続けていました。
志村くんとの想い出は、そう多くない私でもこの有様なのに、ファンの皆さんはどれだけの想いを抱えて、ここにやって来たのでしょう…。
ここには来られなかったけど、祈ったり、泣いていたり、静かに志村くんに語りかけているファンが、全国各地にどれだけいるのでしょう…。
列は、粛々とステージに向かって進んで行きました。
やがて、ついに、右手前方にいらっしゃるご親族の方に、挨拶するところまで来ました。
志村くんのお母さまと思われる方の目を見て、心を込めて一礼しました。
その間は何も考えられなかったけど、志村くんを産んで育ててくれてありがとうございます、と、息子さんに先立たれたことに、哀悼の気持ちでいっぱいでした。
ご親族の方は、心身共にものすごくお疲れになったと思います。。。本当に、ありがとうございます。
そして、辿り着いたステージ。
ギターケースにメッセージカードを入れ、花を手向け、志村くんの写真を見上げて、手を合わせました。
ステージの前では、あまり多くの言葉を伝えることが出来なかったな…。
会場を出る前に、振り返って写真を見上げて。
笑ってサヨナラは出来なかったけど。
託された、みんなの想いを伝えられたから、よかった…。
ホールを出たところで、チケットと、絵葉書の入った封筒を手渡されました。

スタッフの皆さん、お疲れさまでした。本当に、ありがとうございます…。
写真撮影OKな、ステージを再現したコーナーがあって、マイクスタンド、エフェクター、ギター、アンプ、煙草、スタバのアイスコーヒーなどが置かれていました。
足元には、最期のステージとなった、『三大博物館』のセトリ。
とても去り難かったけど、1時30分くらいに、サンプラザを後にしました。
列はさらに長く、長く続いていました。
この日感じた、様々な想いは、ここにはとても書き表すことが出来ません。
感情をなるべく排して、志村會の様子をお伝えすることに努めました。
金澤さん、加藤さん、山内さん…。志村くんの遺志を継ぎつつ、これからのフジファブリックの在り方を模索されるのでしょう。
どうか、最良の方向に、導かれますように。
改めて、この會を開催していただいたことに感謝します。
そして、志村くんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。