これには何か意味があるのかもしれない。
…なんて、和田教諭の教えを守り、こんな時こそ、ポジティブシンキング

幸い、加藤教諭の授業は当選したので、講堂に入る。
THE COLLECTORS 加藤ひさし教諭の授業は、
天文学「中島みゆきとロックのディスタンス」
なかなか始まらないと思ったら、日直の松本素生くんが渋滞に巻き込まれ、まだ到着していなかった

加藤教諭が登場
モッズファッションは、白衣の下に隠れていて残念

で、授業だけど、本当にすごいと思った!テンポよく話が展開されて、5秒に1回笑いが起きるくらい面白い!!
黒板とフリップを駆使して、全く飽きさせない。
内容は…とても書き表せないので、ONAIRを観て下さい
オチを思いついたのが前夜だったそうで、オチを言った後「ドヤ顔」をしてはりました。
箭内教頭から「黒板から振り向いた顔が、いつもかわいい!」と言われてた(笑)

楽しかったね~と、講堂を出て、フジファブリック視聴覚室を目指す。
フジファブリックへのメッセージを黒板に書き…
正面のテレビで、15分間のライブ映像を観る。
去年の体育館ライブ。
『Merry‐Go‐Round』
『Sugar!!』
『Surfer King』 だった…と思う。
去来する想いを胸に…
『茜色の夕日』が流れる中、教室を後にする。
そうこうしてる間に、西寺郷太教諭の『ロックの授業』の時間が迫る。
抽選に外れたので、講堂に向かう友達と別れ、パブリックビューイングの教室に焏
パブリックビューイングの教室は、3つ。
どの教室も、椅子席はすでにいっぱいだったので、教室の壁際に立って見ることに。
ここで見ることになった理由を考えた揚句、
「私には、レポート提出という使命がある」なんて思い上がって。
だからここで、しっかりとノートを取ろうと思ったのだけど、考えが甘かったことに気づく

とても全部は再現不可能…

マイケルについての記述に、誤りがあるかもしれません…

その時は、西寺教諭ではなく、私のメモと記憶が違っているのです。
どうかご容赦下さい

詳しくは、絶賛発売中の、教諭の2冊の本をお買い上げ下さい溿
ここからは、パブリックビューイングからのレポになります。カメラはずっと引いた視点のままで、授業の細かい様子はよくわからなかったので、その辺もご容赦下さい

日直・唱くんは、前から5列目くらいの『関係者席』と書かれた席へ!
席に置いてあったマイクで
「こんにちは、よろしくお願いします」と律儀に挨拶煜
と思ったら、悪戯っ子の本領発揮!
「黒板消しでも仕込んどきましょうかね」なんていいながら、本当に仕込みに行く!
程なく、西寺教諭がやってきて、引き戸を開ける!
が、しかし、教諭の頭の上には落ちなかった模様煜

ここで日直さんの重要なお仕事

「先生、形式的なことやっていいですか?…きりーつ!礼!先生、こんにちは!」
生徒「こんにちは!」
「着席!」
パブリックビューイングのみんなも、挨拶してたよー

あまりのハキハキさに、西寺教諭から「いい声だなぁ(笑)」とお褒めの言葉がかかる(笑)
そして始まった、2時限目、西寺教諭の「西洋音楽史」の授業。
「魅惑のマイケル・ジャクソン史」

「僕の両親も、お祖父さんお祖母さんも学校の先生で、実家がお寺だったんですよ。昔は寺子屋って言って、近所の子供を集めて勉強を教えていて。だから、こういうのは向いてると思うんです。
…やっぱ日直、そこじゃ遠すぎるから、前に来たら?」
ということで、向かって左側に日直の椅子が用意されて、唱くんは前に座る。
日直というより、助教諭だね淼
「今日は教科書2冊、持って来ましたか?
45分で終わらせて下さいと言われていて、そうしないとライブの音で声が聞こえなくなってしまうので、駆け足になってしまいますが、マイケル・ジャクソンについての授業をしたいと思います。よろしくお願いします。」
パチパチパチ獷
マイケルの生い立ち~デビューまで教諭が入って来る以前から、黒板にびっしりと、マイケルの生い立ちが書いてある。
「マイケル・ジャクソンは1958年、ゲイリーという街で生まれました。この街はモーター・シティ、いわゆるモータウンというところで、レーベル名にもなっています。この1958年という年は、プリンスやマドンナも生まれていて…」
唱くん「ゴッパチね!花のゴッパチ(58年だからゴッパチ)」
「マイケルはジャクソン5としてデビューすることになるんですけど…デビュー曲、ちょっとやってみようか」
唱くん、ギターを手に、立ち上がる!
西寺教諭「Clap your hands!」
唱くん「(歌いだそうとして)Clapダメ、聞こえなくなる(笑)!アンプラグドだからね!」
西寺教諭「心の中でClaping(笑)!」
マイク1本で歌い始めた2人、違うとこから歌い出した(笑)
唱くん「そっから(笑)?もう1回…」
今度は完璧

『I want you back』「…というのがジャクソン5のデビュー曲『I want you back』邦題『帰ってほしいの』ですね。これは大ヒットしました。で、次の『ABC』…」
唱くん「A~B~C
」←歌い出す(笑)西寺教諭「(キッパリ)いつまでも終われません(笑)!」
唱くん「(´・ω・`)ゴメンナサイ…」(笑)
「デビュー曲『I want you back』から立て続けに、『ABC』『The love you save』『I'll be there』と、4曲がNo.1ヒットになります。この頃のヒットチャートは名曲揃いで、その中でのNo.1ですから、それは凄いことなんです。」
ジャクソン5の紹介「ジャッキーは、ルックスがよい1番上のお兄さん。
ティトは、おやつが大好き(笑)。
ジャーメインは…SMAP×SMAPで「実はTIIが終わったら、ジャクソン5を再結成するつもりだった」って絶対言うよと中居くんに言ったら、本当に言ったっていう(笑)。
マーロンは、後に脱退しました。マイケルのすぐ上のお兄さんですね。
ランディは、ジャーメイン脱退後に加入しました。
そしてマイケルは、断トツの才能の持ち主でしたけど、お父さんのジョーは、マイケルを特別扱いすることはなかったんです。むしろ冷たく扱いました。」
モータウンからエピックへ「『ジャクソン5』という名前を使うことを禁じられ、やむなく『ジャクソンズ』に変えました。しかし人気は衰えず、ランディとの共作『Shake your body』が大ヒットしました。」
『Shake Your Body』ノリノリで歌う2人

「“リフ”のスタート地点となる曲ですね。」
そしてソロデビューへ…「マイケルはこの頃から、ソロで活動したいと思い始め、マイケル・ジャクソン名義でクインシー・ジョーンズのプロデュース『OFF THE WALL』をリリースします。でも、同時に、ジャクソンズとして『トライアンフ』をレコーディングしているんです。
当時日本で発売された『トライアンフ』のカセットには、大きく『マイケル・ジャクソン&ジャクソンズ』と書いてあります。マイケルのネームバリューが大きくなってきたということですね。」
『Don't Stop 'Til You Get Enough』邦題『今夜はDon't Stop』を、指差し合って歌う2人(笑)
「とにかくマイケルは、家に帰っても、全員ミュージシャンで、全員がライバルみたいなもの。心休まる暇が無かったんです。
兄弟はマイケルに対してジェラシーを感じていたし、自分にもチャンスがあるんじゃないかと伺っていました。
そんな中マイケルは、『スリラー』の制作を進め始めます。」
『スリラー』~マイケル・ジャクソン・バブルの時代へ「この『スリラー』によって、マイケルの栄光は頂点へと導かれます。
その後押しとなるのが、“ビデオデッキの普及”。
マイケルがここまでになるのに、僕は3つの文明の理器のバックアップがあると思っていて…
1つ目は、“カラーテレビの普及(69年頃)”←これはジャクソン5がデビューした頃。カラフルな衣装で歌い踊り、印象づけました。
2つ目は、“ビデオデッキ、レーザーディスクの存在(83年頃)”←これが、『スリラー』のPVとマッチしたんです。
当時、セレブは家に“映画屋さん”が来ていて、家でPVが観られる時代を先取りしていた。そこから、PVビデオがビジネスになるといち早く気づいたんですね。」
(3つ目は、後ほど…)
唱くん「ちなみに郷太くんと俺は、この当時は小学生で。『マイケル好きなんて気持ち悪い』とか、クラスの子にバカにされたりしたけど…。」
西寺教諭「『おまえらにわかるか』と思ってたよね!」
‐このへんから時間がなくなり、だいぶ駆け足に…‐
少年虐待疑惑「そして、16年間マイケルを苦しめ続けたこの疑惑へと話を進めます。
2009年12月に、FBIはマイケルが無実であると発表しました。
証拠は全くなかったんです。
なのに、日本のメディアは、今になっても謝ろうとしません。
僕は、マイケルのことは、面白おかしく喋ってもいいと思っているくらいです。猿をのっけて歩いたり(笑)、マイケルが変わっているように見えるのは確かだし。
ただ、それと、犯罪者か、ということは、全く別問題です。
テレビのコメンテーターなんかが好き勝手言って来たことを、マイケルが死んでしまって、誰が責任を取るんだ、と。
『WHO'S BAD』ということですね。」
ロックとは…「ロックってなんなんや、ってことを思うと、“本当にそうかを、見極めること”だと思うんです。
和田唱も僕も、マイケルが亡くなった時、新聞やメディアからいっぱい取材を受けました。
30分1時間喋っても、
『マイケルは虐待をしていないと熱心に主張する』なんて、一行でまとめられちゃうんです。
だから僕は、本を書こうと思ったんです。」
マイケルの再評価「あとこれも言いたかったことなんですけど、『THIS IS IT』がなんで再評価されてるか。
亡くなったからちゃうか?と言われてるけど、ちゃんとコンサートをやっていたとしても、明らかに再評価されたと思うんです。
(ここで3つ目の文明の理器が登場)
それは、“YouTubeの浸透(2005年~)”が大きいと思うんです。
マイケルのPVやライブ映像を観ようと思っても、ビデオやDVDを買うしかなかったのが、YouTubeのお蔭でいつでも観られるようになって、再評価のムーブメントが来たと思うんですよね。
実際、YouTubeが普及し始めた頃から、マイケルのどん底な時代は終わるんです。
『マイケル・ジャクソン・リバイバル』ですね。
これから100年、200年愛され続けてゆくと思います。」
『Man In The Mirror』そして、マイケルを愛する2人による講義は、予定時間を少しまわって終了しました溿
『ロックとは、本当にそうかを、見極めること』
噂や報道に惑わされず、自分で見極め、何が真実かを判断することが大切だっていうこと、心に刻みました。
こんな情報過多な時代だからこそ、必要なことだと思います。
マイケルが何故、こんな辛い思いをしなければならなかったか。
それは、マスメディアの報道を鵜呑みにしてしまった私たちも、考えなければならないことだと思いました。
今になって、本当のマイケルは、慈愛に満ちた優しい人で、子供や地球環境の未来を真剣に考えていた、ってことが報道されているけど…。
郷太くんと唱くんは、マイケルがそういう人だってことを、“ファンだから”っていうだけでなく、曇りのない澄んだ瞳で見ていたからこそ、どんなにクラスメートにバカにされようと、メディアが虚偽を伝えようと、惑わされずに信じていられたんだと思います。
マイケルの真実を知って欲しい。
その思いで、マイケルが亡くなった時、郷太くんと唱くんはメディアの取材に奔走したのに、話したこととと違うまとめられ方をされたり…マスメディアにかなり不信感を抱いたことでしょう。
本人から伝わってくるもの。それが全て。
残念ながらマイケルをこの世ではもう見られませんが、『THIS IS IT』やYouTubeを観て、マイケルが遺したものの大きさを、再認識して欲しい。
そして、歌やダンスの素晴らしさを味わって欲しい。
楽曲や歌詞から、マイケルが伝えようとしたものを感じて欲しい。
そんな思いが伝わってくる授業でした。
郷太くん、素晴らしい授業をありがとう

そして日直の唱くん、ナイスなサポートと素敵な歌&演奏をありがとう

この後、西寺教諭の本に、サインをしてもらえるとのことなので、サイン会場となっている教室へ向かう

‐続く‐
って上がるところ、難しいのに歌いこなしてて、シビレた~!!