Shiiの『育児イロイロ☆ナナイロブログ』 -9ページ目
実家に着いた。


両親は、

孫と私だけでも、避難出来たことに安心し、

孫が滞在することにも喜んでいた。




私はというと、



すごく複雑な心境だった。



遅くなってしまったが、


娘に食事と、お風呂に入れた。



ようやく、綺麗に洗って、湯船で暖めてあげられた。



移動に疲れたのか、

娘はまもなく眠った。


父も、慣れない送迎車の運転に疲れたのか、眠ってしまった。



一息ついて、

母と夕飯を食べた。




お寿司。


生ものが食べられるなんて。



サーモンの握りを一口食べたところで、



母「どう?おいしい?」


と聞かれ、




私「涙が出るほど、おいしい。」




と、ポロポロ涙がこぼれた。



母達に心配かけまいと、


気丈に我慢していたものが、


涙腺と共に壊れた。



私「パパにも、食べさせてあげたい。」



涙が止まらない。



母も涙ぐんでいたが、


母「ママがしっかり食べて、**ちゃん(娘)を守らないと!」


私「うん。」



食事を済ませると、お風呂に。



湯船に浸かるのは、4日振り。



体を洗い、湯船に浸かる。




お風呂に入れた喜びより、




沸き上がった感情は、





罪悪感。





まだ、ライフラインの復旧しない中で、

みんな頑張っているのに。


パパも、まだまともにお風呂に入れていないのに。




私は何不自由なく、

暖かい明るい家で、

おいしいものを食べ、

暖かいお風呂に浸かっている。



私は、避難じゃなく逃げたんだ。



ライフラインが復旧したマンションに残れば、

お風呂に入れていない友人も、助けられたのではないか。



津波被害に遭った人、亡くなった人は、冷たかっただろうな。



避難所も寒いよね。暗いよね。余震怖いよね。不安だよね。辛いよね。



ごめんなさい、ごめんなさい。




自分を責めた。






「ふぅーーーーーー」




また、震える息を吐き、


お風呂から上がった。




母「さっぱりした?」



私「うん。でも、、、パパもまだ入れてないのに。。。」




もう、壊れた涙腺は収拾がつかなくなった。







外灯や家々にも、明かりがついている。


明かりって、

電気ってどれほど大事なものか。



元々、暗いのは苦手な私を

震災後、暗い夜が

どれだけ不安にさせたか。



山形県に入り、電気の付いているコンビニを見つけた。




災害後、スーパーやコンビニに初めて入った。


入ってみて、その光景に愕然。



話は聞いていたが、





食べるものが全くない。



唯一、ガムやアイス。


飲み物は、お酒と炭酸飲料が数本。




アイスと炭酸飲料を買って、店を出た。





天童市に入ると、


薬局兼スーパーに、明かりがついているので立ち寄る。




節電のためか、薄明かりだった。





そこは、ペットボトルの飲み物はたくさんあった。




しかし、お茶や水はない。





チルド系やカップラ、パンもお米も無い。




娘の物だけでもと、ベビー用品に向かうと


オムツも無い。


レトルトの離乳食や、缶のミルクは少なからずあった。





山形までも、こんな状態!?




早々にお店を後にし、


また電気の付いたスーパーがあったので、寄ってみた。




あっ、たくさんではないが野菜はある。




お肉や魚も少しある。




野菜を少し買って、お総菜に行くと





お寿司があった。





うわぁ。。。



母「お寿司売ってるんだー。買っていこうか!」





私「贅沢だなー。いいのかなぁ。」




ためらいながら、お寿司を買う。





アイスを買っていたことを思い出し、




そそくさと店を出た。







震災以来で、明かりのある道を帰りながら、




住み慣れた、山形の実家に到着した。







一通り片付いた。


弟に連絡すると、彼女の実家はまだ電気のみというので、

お風呂だけでも、うちに使いに来たらいいと連絡し、

彼女親御さんも来るかもしれないので、特に念入りに片付けた。



夕方になってしまったが、

むしろ、震災前より片付いた。



避難準備、とはいえ


2、3日の避難だろう。



山形から確保したガソリン、10Lを我が家の車に詰め、



荷物を持ち、山形に向かう頃には18時を回っていた。





マンションを出てまもなくのスタンドに、列が。


しかし、そう長くはない。



父が「並ぶか!」


と言い出した。



車移動の苦手な娘は、

長時間乗せていられない。

グズると面倒なんだが、


幸い、マンションで遊び疲れたのか、車を出してまもなく眠った。





レギュラーはまた、10L缶に詰めるしかなかった。



店の人に確認すると、
一人10L。

しかし、缶に詰めるのは危険物になるため、
責任がえないのでダメだという。


父は仕事柄、危険物の免許を持っていると告げると、

免許証を確認し、
万が一の場合は、責任は負えないと付け加えた上で、許可された。




30分程並んだところで、ガソリン缶に10L。


軽油も需要が少ないようで、車に10L程入れられた。



何時間も並ぶところもあるだろうに、ラッキーだった。





ようやく、改めて山形に向かう。



もう真っ暗になっていた。




宮城を離れる。


安全圏への安心感と、

後ろ髪を引かれる想い。



宮城に残る、


旦那、

名取の家族、

弟、彼女、

たくさんの友達や知人。



皆まだ頑張ってるのに、



ごめんなさい。



少しだけ、宮城を離れます。



すぐに、宮城が復旧することを



心から、心から祈ります。



頑張ろう。


いや、頑張って。



次会うときは、



笑顔で会おう。