Shiiの『育児イロイロ☆ナナイロブログ』 -8ページ目
夕方、義妹から名取実家の電気が復旧したとの連絡。

良かった。これでライフラインがすべて復旧。



しかし、名取実家も我が家もプロパンガス。

復旧しているのは、プロパンガスのみ。


都市ガスは、復旧に数週間、または一ヶ月ほどとの話だ。



入居当初は、都市ガスに比べ高くて後悔したが、

こんな時に救われるとは。



旦那も仕事が終わり、
私や娘はいないが、久々にマンションに帰れると喜んだ。


週末には、また一緒に生活出来るだろうと。



市営バスでの初めての帰宅。


バス停までの移動、待ち時間、バスでの移動時間。


会社を出てから、帰宅まで2時間。

なかなか、厳しい。


しかし、ようやく我が家に着いた!風呂入っちゃうわ!


と連絡があってから間もなく、また電話が。



旦那「水、出ないんだけど…どっか、止めてる?」


私「ウソッ!?止めるなんてしてないよ!電気やガスは?」


旦那「付く。ちょっと隣に聞いてくるわ。」




旦那は、お隣さんに聞きに行った。


また旦那から連絡が。


旦那「隣いわく、日中は出てたけど、夕方から少しずつ出なくなったらしい。」



えぇっ!?



旦那「不動産屋も連絡が取れないし。とりあえず、お湯沸かして体拭くわ。」



私「うん、なんか…ごめん。」


旦那「何でよ(笑)まぁ、ちょっとショックだけど(笑)大丈夫!名取は復旧したみたいだし、明日からまた向こう行くわ。」



なんか、また自分の環境が申し訳なくなった。


自動的に、山形から帰る日が延びた。



旦那は、それから頭を流したり体を拭いて、

ようやく一息ついて、

カップラを食べながらニュースを見たらしい。


久々のテレビ。

悲しいニュースばかりに、胸を痛めていた。



夜、弟と電話をした。

元気にやっているという。


復旧しているのは、相変わらず電気だけ。

毎日、給水所に水を汲みに行き、

卓上コンロで調理していると。

スーパーに2時間並んで、一人10点まで。


その10点の中に、

私の娘へオムツを選んでくれたという。




もう、泣くしかないです。






3月15日(火)

地震から5日目。


旦那はこの日、

名取実家から一番近くの地下鉄まで、

一時間かけて歩き、復旧した地下鉄で会社へ。



そして、今日から仙台のマンションに戻るという。


マンションまでは、JR以外だと市営バス。


JRの運休も、大きな痛手だ。




この日は朝から、放射能のニュース。


母の会社から業務連絡メールが入った。


放射能による被害回避のため、

業務は停止し、極力外出を控える。

外出する場合は、マスクに露出を控える。


という内容。


いよいよ、恐ろしい事態になった。


この日は、外出を控えた。


多くの人が、不安と恐怖を抱いたことだろう。



震災から5日経ち、

日に日に、友人から無事の連絡が入るようになった。

そのたびに、安堵する。



その中で、


福島の友人宅は、原発に近いため旦那実家に避難していたが、

さらに、両親と車で埼玉の親戚のところに避難するという。

公務員の旦那さんは、避難所で働くため避難出来ず。

彼女は妊婦。


しかも、臨月。


通院していた福島の産婦人科は、連絡がつかない。

長距離移動と、向こうでの産婦人科探しと負担が大きすぎる。


彼女と赤ちゃんの無事を祈るしかなかった。




テレビで流れる震災のニュース。



家族が無事だった、再会出来たというニュースに涙し、


悲惨な映像、被災者の悲痛のニュースに涙した。



母は、私にニュースを見ない方が良いんじゃないかと言う。



しかし、



宮城にいるときは、目を背けたいような状況も、


こちらに来て余計に、被災地の状況を知っておきたい気持ちにもなっていた。




そんなことしか出来ない自分も、もどかしい。




まずは、節電。


それから、各所で微力だが募金を始めた。
今回の震災で、

自分はたくさんの優しい人達に囲まれていると、改めて痛感した。



私が避難所生活で、連絡が取れない間、

友人達は、
すごく心配してくれたし、手を差しのべてくれた。


いろんな人から、メールをもらった。


『電気と水は復旧してるから、何かあったらうちに来てね!』


『ミルク足りてる?うち余ってるからあげれるよ』


『オムツ買っといたから、足りなかったら取りにおいで』


助け合いの精神。

被災地だからこそだったのか。



仙台、山形の友人達に無事山形来たことを連絡する。


山形の友人はもちろんだが、


仙台の友人達も、私や娘が山形に来たことに安心していた。


まだ、自分達は厳しい状況下にいるのに、


皆、なんて優しいんだ。



余計に、劣等感でいっぱいになる。




旦那にメールを送る。


今の不安定な心境をそのまま送る。


自分ばかりが、何不自由のない生活に戻ってしまったこと。


申し訳なくて仕方ないこと。



旦那からの返信は、

『いいんだよ!

まずは自分たちの命!

どうして自分を責めることがある!?

俺も、二人が安全だと気持ちが全然違うもん』




旦那は、すぐネガティブになる私を


いつも、励ましてくれる。


ポジティブな旦那に、どれほど救われてきたことか。



パパ、ありがとう。



そうだ、私の今の役目は

娘の安全に、元気を、笑顔を守ること。



被災者側から、被災者を案ずる側に回ってしまい、


一気に自分の役目や、立場も忘れて自己嫌悪。



元気な場所から、元気を届けなくては。




被災地の人達は、強い。




私もそうだったはずだ。




すごい経験、辛い経験をした人達は、たくさんいるのだ。


その人達に比べたら。



少なくとも、被災地の人達はそう思い踏ん張っているのだ。