この前、人前で話 という経験をしたんですが

会場に到着する前から、緊張していて身体が硬くなっているんです。

もちろん、会場についてからもそんな状況は続いていました。

身体をほぐす為に深呼吸したり、軽くストレッチしてみたり

色々試みたんですが全くダメ。


とうとう始まってしまいました。

J子さんの雰囲気なのか、皆さんJ子さんのお話で

笑いが何度も起こり、会場は和んでいました。

しかし、私の身体は緊張したまま。



いつしか、私も身体の緊張を解くのをあきらめ


『緊張した状態で何が出来るだろう?』


そんな考えに切り替えました。

すると、不思議な事に

精神的な緊張は スッーーっと取れて

落ち着いてきたのです。

(身体にチカラは入っていましたが)


なんかイイ感じと思いながら、そんな状態で話をしました。

結果的にうまく行き、それなりに話せたと思います。







ただ、なんでそんなに身体が緊張してたのかが

気になっていてその後も、考えていました。

それまで抱え込んでいた体験ですから、話ずらいのは当たり前なのですが

思いついたのは



・人にどう思われだろう? 人の目を気にしていた。

・失敗しないだろうか? 結果を気にしていた。


意識が 『今の自分』ではなく、 『未来や他人』にいっていた。

というのが一つ。



それから、このように思った根底には 『認められたい』という思いから

どこか背伸びをしようとしていたのかもしれません。

過去の経験からそう思ったのかもしれません。



こんな事を考えている時、立ち寄った本屋で

とてもいい言葉に出会いました。




自分を上に置くのではなく、下に置く

そんな気持ちでいると、ちょうとバランスが取れるんだよ。』




桜井章一さんの本にあった言葉です。

桜井さんは自分の失敗やバカな事があると、それをみんなに話すそうです。



そんな内容の本を読みながら、カッコイイなって思いました。

なんでそう思ったかというと

桜井さんの周りには多分、笑顔がたくさんあって、朗らかな雰囲気があるんだろうな

と思ったから。

周りにいる人も多分、素の自分でいられるんだろうと思います。

自分を下において、自分のバカな部分を出す。

そして、みんなが自然体でいられる状況を作る。

やっぱり素敵やわぁ!!




今まで目に見えるものもので判断してきた所が多いし。

多分、これからもあると思います。

だから、あえて意識的に自分の至らないところを認めて、

表現してみると、ちょうどいいのかもしれません。


そんなふうに心懸けてみます。







白内障の手術は簡単なものだった。

麻酔をかけて、片目で30分程度の手術。

一週間ほど空けてもう一方の目も無事手術終了。



それからしばらくして、前よりもはっきり見えるようになった。

でも、それは自分がしたことでなくて

人の手で目の水晶体を変えただけ。

私は何もしていない。

視力がよくなったことより何かを失ったような感覚が強かった。



今までと同じ事を繰り返していてはダメだ。

何かを変えないといけない!!って思って

それまで暮らしていた大阪を離れて

岡山に引っ越すことにした。




それから、岡山市内に一人暮らしを始めた。

その頃、本屋で甲田光雄先生の本を偶然手にしました。


アトピーが少食で治る。


少食??


今まで自分にはない概念。

なんだろう?

でも

読み進めていくと、自分の原因に行き着きました。

目からウロコ!!




要は食べすぎなのだ。

腸の消化能力を超えて食べていたのだ。

いくらいいものを食べていても、

食事の内容に気をつけていても、

量が多すぎると、身体の負担となる。

そんな内容だった。


少食の内容は大変そうだけど

ものすごい期待感があった。


食事のメニューは

朝の野菜ジュース

昼は玄米ご飯と 豆腐半丁。

夜も玄米ご飯と 豆腐半丁。

それだけ。


次の日から実行した。


思った通りだが 最初の頃はものすごく腹が減る。

寝る前なんかは特に!!

だから、早く寝て、気を紛らわせていた。

体重もドンドン減っていき、

身体もすごく冷えた。

これでいいのか不安にもなったが

ネットのコミュニティで聞いて

少し脱線しながら続けていた。




最初の頃は湿疹もなかなき引かなかったが

4カ月から、5カ月ほどたつと

今までにないくらいキレイになった。



保湿もほとんどしなくてすむようになり、実感が湧いてきた。

これでいいんだぁ~!!



自分の習慣でどこが違ったのか判ったようたし、

確かな方向性を見つけた時だった。





その人は,誰を愛したか。

誰に愛されたか。

どんなことで人に感謝されたことがあったか。




この三つを知ることができれば,
ほかと違った人物として一人一人を心に残していける。

さらに大事なことは,
たとえその人が病人であろうと,
障害を抱えていようと,
仕事の有る無しも関係なく,
また人生経験の少ない子ども,
あるいは赤ん坊であっても,
この三つの要件なら何らかのかたちで満たし得るということだった。



天童荒太氏の『悼む人』にある言葉です。








『モリー先生との火曜日』の中にも同じような記述があった。


人生でいちばん大事なことは、

愛をどうやって外に出すか

どうやって中に受け入れるか

その方法を学ぶことだよ。


愛は唯一、理性的な行為である。









私自身に問いかけてみる。


愛というあたたかい感情をいつも近くに感じれているだろうか?


どんな時アイを受けとっているだろうか?

どんな時アイを与えているだろうか?





今まで 当たり前と思って気付かなかった事が多いかも・・・

今まで もう少し気持ちを込めて出来たかもしれない・・・






感じる為にもっと自分のストッパーをとれたらいいな。

感じる為に頭を使おう。

小さなやさしさをみつけるために。






温かい気持ちを伝える為に

私に出来る事をかたちにしていこう!

どんなに些細なことでもいい。




日常にある温かい気持ちを受け取って、

今度は私が配っていく。

気付く為に

かたちにする為に

頭を使っていこう!!