映画化で話題の原作マンガ、藤本タツキ先生のチェンソーマンを読んでみました。第一部公安編の後半は、めちゃくちゃでヤバイ
世界各国のデビルハンターがチェンソーマンの心臓を狙って一挙に日本にやって、登場人物が多くなることで個々のエピソードで話をふくらませる少年ジャンプメソッド
地獄に落されたデンジら特異4課の前に闇の悪魔が登場し、無数のドアが象徴的なベルセルクの蝕の様な世界でデンジ以外、全員の両腕が落とされての圧倒的な力による殺戮
マキマさんの力によって地獄から生還するも今度は、両足に無数の顔を持つ人形使いサンタクロースとの戦いでチェンソーマンが人形にされた人間を殺すのを嫌がり逃げるさまは、まるでデビルマン対人面
その後の展開も過酷で銃の悪魔に体を乗っとられた早川アキをデンジが殺し、パワーもマキマさんに殺される皆殺しの富野状態に
最後はデンジがマキマさんを食べて一体となる愛を語る変態藤本、タツキメソッド爆発ハ〜ロ〜ウィイイイイイイイイ〜ン!!
第一部後半の鬱々した雰囲気から一転、学校生活はなんかホッとする。ホッとすると言えばファミリーバーガーに転職したコベニ以外の特異4課を皆殺しにしたので舞台を公安から学校へ移した第二部は不評らしい。
時代設定が1997年らしいのでスマホじゃなくガラケーで、ノストラダムスの大予言や黙示録の四騎士の登場によって世紀末の終末思想みたいになってきた。
人々に殺されたナユタの生首が回転寿司の皿の上で廻り来る様は、デビルマンでの悪魔狩りで殺されたミキちゃんの生首を串刺しにして振り回すシーンを彷彿とさせる。広げた風呂敷をどう畳むのか、今後の展開に注目。

公安編の後半を第2期でテレビでやるには原作を改変しないと地上波では放送できないだろう。マキマさんを食べちゃうのは倫理的に厳しいし、銃の悪魔の到来は東日本大震災を想起させる。テレビアニメのデビルマンはマンガとは全く別物の正義のヒーローだったが、後にマンガのデビルマンを読んでトラウマ級の衝撃を受けたが私は好きです。しかし子供が読むのはオススメしないし、鬼滅の刃やチェンソーマンの大量の流血や生首が飛ぶような残虐描写のインフレ化はいかがなものかとも思う。チェンソーマンがマキマさんに『アンタの作る最高に超良い世界にゃあ糞映画はあるかい?』と問うと「私は…面白くない映画はなくなった方がいいと思いますが」『うーん…じゃやっぱ殺すしかねーな』つまり、チェンソーマンみたいな、めちゃくちゃ面白い糞漫画があったからこそ《ルックバック》の様な素晴らしい作品が生まれた、だから世界は美しいのである。

昔から日本のアニメやマンガの過激さは国内外で問題(PTAやBPO)になってた。世間はオタク文化だとバカにしてきたが、今や日本映画の興行収入の1位、2位がアニメで、しかもR指定作品(日本ではPG12)である。ディズニーや宮崎アニメ全盛時代(アニメは子供が見る物)から明らかに時代が変わり、大人が年端もいかない少年少女が殺し合うアニメを喜々として観ることになんら違和感を持たない時代になったのだ。いずれ強い日本のアニメコンテンツが、中国のように国産アニメの保護の為、暴力描写を理由に輸入制限される時代が欧米にも来るかもしれない。そして人殺しのアニメで稼いだ金で人殺しの武器を買うようになる、殺すのは鬼だ悪魔と反論するだろうが、かつて鬼畜米英と言って人殺しを正当化した時代が日本にもあったのを忘れてしまったのか、それともナチスや第二次世界大戦、核兵器の概念と共にチェンソーマンに喰われたか
世界の不条理の前では人は無力ではあるが、虚無の中でも生き抜く知恵はバカになるしかないのか?