フラット化する世界 トーマス・フリードマン | So-Hot-Books (So-Hotな読書記録)

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書評と読書感想文の中間の読書日記。最近は中国で仕事をしているので、中国関連本とビジネス関連本が主体。

日本がこれから進むべき道、総合商社がこれから進むべき道について、本書をヒントに考えてみたいと思う。


<Memo>


グローバリゼーション3.0は、世界をSサイズからさらに縮め、それと同時に競技場を平坦に均した。また、グローバリゼーション1.0の原動力が国のグローバル化であり、2.0の原動力が企業のグローバル化であったのに対し、3.0の原動力――これにたぐいまれな特徴をあたえている要素―――は、個人がグローバルに力を合わせ、またグローバルに競争を繰りひろげるという、新しく得た力なのである。(上P25)


自分の仕事が「遠くへ行って」しまい、何千キロも離れたところで、年間1000ドル以下の賃金の人間がやると思うと、誰しもいい気持ちはしない。しかし、苦しみばかりではなく、チャンスのことを考える時機だ。業務の海外移行はやむを得ない措置であるが、チャンスでもあると考える時機だ・・・・・これは企業でも同じだが、人はそれぞれ、自分の経済的な運命に適応しなければならない。(上P40)


30年後には、われわれは「中国に売る」から「中国で作る」へ、さらに「中国で設計する」、「中国で構想をたてる」ところまでいっているだろう。中国は、世界各国の製造業者と何も共同作業をしない存在から、世界各国の製造業者とあらゆるものを低コスト・高品質でこしらえるきわめて有能な共同作業の相手へと変身しているはずだ。これによって中国は、政治的な不安定によってその過程が妨げられないかぎり、大きなフラット化要素でありつづける。(上P208)


今後ますます、富と権力は、三つの基本的な物事を押さえている国、企業、個人のもとで自然に生じるようになる。その三つとは以下のものだ。フラットな世界のプラットホームに接続するインフラ、このプラットホームを徹底的に活用するイノベーションを推進するような教育、そしてこのプラットホームの利点を最大に引き出しつつ欠点を最小限に抑えるような統治体制。(上P292)


<My Opinion>


日本は一般的にイノベーションが足りない、起業する人の数がまだまだ少ないといった話を耳にすることがあるが実情はどうなのだろう。フリードマンの言う「三つの基本的な物事」があるかという観点で簡単に検証してみる。


まず、フラットな世界のプラットホームに接続するインフラ、というのは本書においては通信インフラや交通インフラとされている。


通信インフラについては2009年8月総務省が発表した「日本のICTインフラに関する国際比較評価レポート」 が参考になる。同レポートでは、ICTインフラに関係する6分野12項目の指標を選定し、主要24か国・地域で国際比較した結果、日本は総合評価で24か国・地域中第1位となっている。ちなみに今私が生活している中国は主要24か国中23位である。


又、交通インフラについては世界経済フォーラム(WEF)のTravel & Tourism Competitiveness Report 2009 が参考になる。同レポートでは日本の旅行・観光競争力は133ヶ国中総合ランキンングが25位と報告されている。しかし、個別評価項目のGround transport infrastructure(交通インフラ)については8位となっており、世界的にも高い評価を受けていることが分かる。このように、物理的なインフラは世界レベルで高いレベルを持っている。


次に、イノベーションを推進させる教育やインフラのガバナンスについては世界的にどのような評価になっているのだろうか。


ハーバード大学医学部留学・独立日記


というblogに興味深い記事が紹介されていた。


The Innovation for Development Report がInnovation Capacity Index(ICI)という指標を用いて世界各国のイノベーション力について評価しているらしい。


同レポートを見て見ると、131ヶ国中、日本のイノベーション力は15位(1位スウェーデン、2位フィンランド、3位米国、65位中国)となっている。このICIは5項目で構成されている。満足はできないが、個人的には悲観する程でもないように思える。ICIの構成要素をみてみる。尚、()内の日本語訳はハーバード大学医学部留学・独立日記を参考にした。


1.Institutional Environment(政治・経済のルールがイノベーションをサポートしやすいか)
(アイスランド1位・ルクセンブルク2位・香港3位・日本35位・中国64位)


2.Human Capital, Training, Social Inclusion(教育のレベル・女性の社会参加等)
(ノルウェイ1位・アイスランド2位・フィンランド3位・日本29位・中国87位)


3.Regulatory and Legal Framework(スタートアップを企業しやすいビジネス環境か)
(ニュージランド1位・シンガポール2位・カナダ3位・日本17位・中国58位)


4.Research and Development(研究のアウトプット、インフラ、パテント等/単位あたり)
(台湾1位・スウェーデン2位・フィンランド3位・日本4位・中国55位)


5.Adoption and Use of Information and Communication Technologies(ITのインフラ、一般家庭、政府・公共サービスのIT普及度)
(オランダ1位・スウェーデン2位・UK3位・日本22位・中国79位)


構成要素を見るとResearch and Developmentが飛びぬけて順位が高くこれが総合評価を押し上げている。上記Blogの筆者も言っている通り、この結果は日本の研究者及び研究関連の仕事に従事している人が誇りにすべきものであると言える。しかしながら、一方でそれ以外の項目は日本の経済規模から考えれば見劣りする結果である。特に、Institutional Environment、Human Capital、Training, Social Inclusionが目立って順位が悪く、フリードマンが主張する「プラットホームを徹底的に活用するイノベーションを推進するような教育」と「プラットホームの利点を最大に引き出しつつ欠点を最小限に抑えるような統治体制」には課題があることが分かる。


大雑把でな言い方ではあるが、現在の日本はハード面でのインフラは整っているがそれを政府が適切にガバナンスしながらフル活用するということができていない。さらに言えば、今の日本の教育は日本の現状を変える為に必要な人材を育成するシステムではない。私は特に自分が過去に受けてきた教育を振り返ってみて、下記のような課題認識を持っている。大前研一氏の視点が私にとても近いので、大前氏の著書「知の衰退からいかに脱出するか」から引用する。


現代の日本人は、中学・高校のときから偏差値で序列化されることに慣れきってしまった人間たちである。人間というのは、いったん慣れると、その格差を抵抗なく受け入れるようになる。だから、偏差値教育というのは教育ではなく、一種の調教である。現在の日本人に必要なのは、このような教育ではなく、「自分で考える力」、「考えたことを実行する勇気」、そして「結果が出るまで続ける執念」である。


私はこの意見に強く賛同する。自身の小学校から高校までの教育を振り返ってみると、ブラジルに留学していた時代を除いては学校の授業において「主体的に考えること」や「創造性」が重んじられていると感じたことは一度もなかった。先生も、生徒も、そして私自身も最大の関心事はやはり「偏差値」であり「テストの点数」であった。


私が通っていた慶應大学湘南藤沢キャンパスは、とにかく学生の主体的問題発見及びその問題に対する解決を重んじる風土、カリキュラムを有している。生徒の問題解決をサポートするインフラが整っており、教授陣も豊富である。しかし、大前氏が言う「自分で考える力」は大学に入学してから伸ばそうと思っても、タイミングとして遅いように感じる。同キャンパスでは、偏差値偏重教育からようやく抜け出して、自由な土地にやって来たものの、結局何をして良いのか全く分からないという学生を良く見かけた。もちろん、この問題は個人の性質によるところもあるが問題の根幹は、「与えられたことをただこなす」というだけの、思考停止した人間を大量に生む日本の初等・中等教育システムにあると私は感じている。


<Memo>


「世界はサッカー場のようなもので、そこでプレイするチームとして残るためには、鋭敏でないとだめです。実力がなかったらベンチを温め、ゲームを眺めるはめになります。しごく単純でしょう。」
(ドゥルバ・インタラクティブCEOラジェシュ・ラオ発言 上P316)


「いいか、私は子供の頃、よく親に『トム、ご飯をちゃんと食べなさい―――中国とインドの人は食べるものもないのよ』といわれた。おまえたちへのアドバイスはこうだ。宿題をすませなさい―――中国とインドの人たちがお前たちの仕事を食べようとしているぞ」またフラットの世界はそれが可能なのだ。フラットな世界では、アメリカ人の仕事などというものはない。ただの仕事だ。しかも、最も優秀で、抜け目なく、生産性が高く、賃金が安い労働者のほうへ仕事が動いてゆく傾向が、日増しに強まっている。その労働者がどこに住んでいようが関係ない。(著者による著者の娘達へのアドバイス 上P391)


フラットな世界でのばすことができる最初の、そして最も重要な能力は、「学ぶ方法を学ぶ」という能力だ。―中略―二番目は航海術のスキルを教える方法について、もっと考える必要があるということだ。ワールド・ワイド・ウェブは、情報、事実、識見、嘘、一部の真実をまじえた怪しい情報が流れるどぶ川だ―中略―情報と叡智をわかつ境界線はぼやけているから、しばしば両者は混同されてしまう。―中略―三番目の大きな主題は、熱意と好奇心だ。対象がどんなことでも、熱意と好奇心を持っていると、現在も将来も大きな強みになる。―中略―こうした理由から、フラットな世界では、IQ(知能指数)も重要だが、CQ(好奇心指数)とPQ(熱意指数)がもっと大きな意味を持つ、と私は結論づけた。つまりCQ+PQ>IQという方程式が成り立つ。 (下P11~)


<My Opinion>


慶應大学教授の高橋俊介氏は著書「キャリアショック」においてスキルに対して下記の趣旨のことを述べている。


スキルは蓄積するものではなく、更新するものである。自分を一台のPCに例えると、スキルは個別のアプリケーションということになる。個別のアプリケーションは適宜更新される必要がある。個別のアプリケーションの使い勝手を決めるのはそのPCであり、PCのスペックも適宜磨かれる必要がある。スキルは更新するものだ。


フリードマンが言う、「学ぶ方法を学ぶ」や「航海術」とは高橋氏が言うPCのスペックに他ならない。ただし、「人間PC」のスペックは一朝一夕には向上させることはできない。しかし一方で、この変化の激しい世界ではPCのスペックは日々向上させることが要求される。スペックの更新を怠った途端、新たなアプリケーションに対応できないということが発生するからだ。人間は学ぶことを止められない動物だが、そのプレッシャーは21世紀、さらに強さを増している。


<Memo>


新ミドルの仕事の大半は、偉大な合成役(シンセサイザー)である人々のものになるだろう―――フラット化する世界が知識の宝庫を接続すればするほど、新しい専門分野が生まれ、そうした専門分野をこれまでにない斬新な組み合わせでまとめたところからさらにイノベーションが出現するからだ。(下P214)


<My Opinion>


製造業や卸売業という「業態」という切り口で見た場合、総合商社には偉大な合成役(シンセサイザー)としての役割期待が存在する。総合商社にはグローバルビジネスを展開する為に必要なリソースが整っており、そのリソースと世界中のニーズを組み合わせて付加価値を生み出ところに商社機能が存在する。例えば、ハード面で言えば物流・マーケティング・金融・リスク管理機能等であり、ソフト面で言えば各事業分野における人脈や個々人の知見、パートナーとの関係等である。モノ・カネ・人・情報、全てに国境がなくなりつつある世界において、潜在的なニーズをくみ取り商機を見出すということや、見出した商機を実現する為に必要な組織を編成し実行する、という仕事こそが商社の本業であり、本書の主張とも合致する新ミドルの仕事であると私は考える。それはどこにもアウトソースすることができない商社のコアコンピタンスである。形あるプロダクトがない総合商社においてはこの人材という「見えない資源」のクオリティーが総合商社の価値を決めると言っても過言ではない。


しかしながら、現状の総合商社には人材の多様性が足りないと感じている。例えば、役員が全て生え抜きの社員であったり、女性の上司が極端に少なかったり、自分の机の周りを見渡しても外国人がほとんどいないといった状況は雇用環境がフラットではないことを物語っている。雇用環境がフラットでなければ、真に価値を生み出す人材を世界の労働市場からフェアに獲得することはできない。人材の多様性はイノベーションを起こす際の前提であると私は考える。フラット化する世界においてまず自社人材の多様性という意味でリードしなければいけないはずの総合商社がこのような現状ではまずい。日本人偏重のこの状況を、トップマネジメントが大きく舵を切って変えていくべきだ。場合によっては自らの職が奪われることを考えながら、あるべき姿への変化を受け入れていく、その覚悟が今求められている。

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