ご無沙汰しています。 | 真夜中の砂布巾

真夜中の砂布巾

真夜中にネットをさすらっている中年おやじの、たわいもないひとりごとです。

仕事が忙しく、精神的にも追いつめられた状態でしたので、なかなかブログを書く気力が持てませんでした。

そんなブログでも1日に10件ほどの閲覧があるようで、チェックして頂いている方に感謝致します。

これからも、あまり長い記事は書けませんが、日々の雑感をつづっていこうと思っています。

さて、ブログを書いていない間にも世の中では様々な事件が起こり、そしていつの間にか記憶から消えていき、人の口の端にも登らなくなっていきます。

首つり自殺体のそばに、布団の中では女性が死に段ボールの中に子供の死体があるという猟奇的な事件や未成年による憂さ晴らしの殺人事件など、本当に暗くなるような事件がたて続いております。
また、お隣の市では商業施設誘致でもめては、市長が辞職し選挙になるなど全く理解を出来ないような出来事もあります。

すべては人心の荒廃による物かなと感じています。

基本的に人間は我欲によって生きています。本能から自分を守り、自分が生き残ること、また自分のDNAを保存していくことが最大の目的です。

そのためには、奪い、殺すこともいといません。
しかし、長い時間を掛けて少しづつ英知を養い、奪い殺し合う事を避ける方法を学んできたはずです。それは単独で生活する肉食動物ではなく、群れをつくって生活する弱い動物にとって必須なことであるからです。

そうでなければ弱い動物は種を保っていくことが出来なかったからです。

そうして社会を形作り、食料の調達や、身を守ることから徐々に解放されることによって文明や文化が生まれてきたのですが、今のような状況は退化とも言える現象です。

はたして、個体数が増えすぎた人類に対して自然からのしっぺ返しが来ているのでしょうか?
しかし、アフリカなどでは人口爆発も懸念されています。今自分たちをうまくコントロールできなければ、待っているのは種の衰退しかありません。
そのためには、種全体の事を考える英知しかありません。

昨今の教育で個を協調し「我欲」を「個性」という耳障りの良い言葉に置き換えて、喧伝し、それを助長しているのはまさに滅亡へのシナリオです。

今必要なのは「個性」と言う名の「我欲」を押さえてでも、集団としての人間を考えることです。それは小さな集団「家族」から始まり、地域、国家、そして人類全体にまで及ばなければならないのでしょう。

最近の事件は、この小さな集団が崩壊しているために起こっているようです。
「家族」や「地域」のコミュニティが崩壊するのは、一見始まりのように感じますが、これは一番守り、愛さなければならない人たちへの攻撃ですから末期症状といえます。

教育の崩壊は、なんとしても食い止めなくてはいけません。

ケネディの言葉で「国家が私たちに何をしてくれるのかではなく、私たちが国家に何が出来るかを考えよう」と言う物がありますが、「家族や地域の人が私に何をしてくれるかではなく、私が家族や地域の人に何が出来るかを考える」、そんな教育が必要でしょう。