こんにちは。


今日は天気も穏やかで、少し晴れ間も見えますね。


今回は、頑張らない、を頑張るおはなしです。



何もしない。頑張らない。を頑張る。



どういうこと?って思いますよね笑

でもね、これがなかなか難しいんです。


常に動き回る我々は、常に何か悩み考え、判断し、行動しています。常に頑張っている状態です。


生きるためには、夫や彼氏、妻や彼女、友達、上司や同僚、親や子供、先生や生徒。上げればキリがないくらい、仮面を付けて生きています。


心理学では、この仮面の事を、ペルソナと言います。


人は常に何かの仮面、ペルソナを付けて生きています。誰かとの関係の中で役割を(無意識にでも)頑張って演じて、生きている、ということです。


このペルソナを外して、頑張らない、を頑張る。という事です。


コーヒーや紅茶を飲みながら、ぼーっとするのも良い。


ゴロンと横になって、深呼吸するのも良い。


心臓の鼓動が少しずつ落ち着いて、意識が遠のいていきます。


色んな心配ごとや雑念が浮かぶかもしれませんが、一旦置いといて、深呼吸です。自分はこんなこと思ってるんだな。と否定も肯定もせず受け流します。


心が落ち着いて、頭がスッキリします。



そうやって、自分に戻る時間。頑張らないを頑張る時間。自分の人生を生きてるんだと確認する時間。



何よりも大切です。

自分の人生を大切にしてくださいね🍀



お読み頂きありがとうございます。

素敵なご縁に感謝します🙏✨

こんばんは。

 

自殺未遂をした記事でも少し触れましたが、自殺を考える人は、それだけ追い詰められていることに気付いて、自分を許してほしい。というおはなしです。

 

 

 

自殺未遂したお話はこちら↓

 

 

 

今でこそこうして落ち着いてブログを書いていますが、自殺未遂をした当時は本気で死のうとしました。

 

時間をかけて自分を修理していくうちに、気づいたことがあります。

 

 

 

自殺まで考える人は、それくらい追い詰められている事。

 

そして

 

追い詰めているのは、紛れもない自分自身だ。

 

 

ということです。

 

 

 

普段の生活から、自殺に至るまでのおおまかな流れをおはなししますね。

 

人はこの世に生きている限り、常識や世間体、普通、~するべき、などの枠組みの中で生きようとします。なぜならそれが、コミュニティの中での生きる術だからです。

 

その枠組みに入れなかった時。外れてしまった時。人は疎外感と孤独感を感じます。そしてもがきます。何とかしようとします。

 

ここまでは良いのです。

問題はこの後です。

 

原因を考えるうちに、自分を責めます。ひどい人は精神的に自分を殺してしまいます。

 

なぜあんなことをしたんだ、言ったんだ。不甲斐ない。情けない。みっともない。恥ずかしい。自分に腹が立つ。こんな自分嫌いだ。いらない。クズ。間抜け。最低。

 

こうして自分を追い詰めます。

 

そしてこういう人に限って、相手にはとても優しく寛大です。相手のミスをかばったり、フォローしたり、助けたり、とにかく相手のことを第一に考えて動くくらい優しい人です。

 

まさに、自分に厳しく、相手に優しい。

 

しかし、実際は、自分に厳しすぎ、相手に優しすぎるのです。

 

思い当たる節はありませんか?

 

自分を責めても、ミスが無くなるわけではありません。急に頭がよくなるわけでもない。自己は無価値だ、いない方がマシだ、という気持ちを、より強固にしてしまうだけです。

 

 

自分を責め続けると、必ず体調が悪くなります。心と体は繋がっています。体調不良は「休め」というサインです。これを無視し続けると病気になります。

 

原因不明の熱が出たり、皮膚が荒れたり、お腹を壊しやすくなったり、女性だと不正出血が出たりします。

 

これがひどくなると、考えることすらできなくなり、うつ病になったり、最悪、自殺までたどり着きます。

 

 

 

 

ここで私が伝えたいのは、

 

自分の心からのサイン、体調不良を無視することなく、休んでほしいのです。

 

仕事や学校、家事、育児で休めないのはわかります。

 

でも、あなたの代わりはこの世にいないのです。あなたの代わりの交換用の体も、心も、この世には存在しません。

 

壊れたらそれっきり。治すしかないんです。

 

一度壊れると、治すのに時間がかかります。数年、数十年単位です。

 

だから、体の不調や、何かおかしいと感じたときは、とにかく休んでください、周りに助けを求めてください、病院に行ってください。

 

助けてと言えないかもしれません。それでも、SNSで発信したり誰かに電話したり。とにかく頼ってください。

 

無理なものは、頑張っても無理なんです。

 

十分すぎるほど、あなたは頑張ってきたんです。だから体に不調が出て、心もボロボロなんです。

 

もう頑張れない。これ以上頑張ることは、無理をする、ということです。頑張っているんじゃないんです。もう頑張れないから無理してるんです。

 

無理していることに気付いて、自分を大切にしてください。自分の為にも。大切な人の為にも。あなたがいなくなって嬉しい人は一人もいません。断言します。

 

 

休んでください。病院へ行ってください。自分を許してください。それは自分に対する愛です。相手に向ける愛を持っているあなたは、自分にも愛を向けることができるはずです。

 

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

少しでもお役に立てれば幸いです。

 

本日も素敵なご縁に感謝いたします。

今日も、生きていてくれてありがとう。

●自殺未遂

 

父方の祖父が亡くなって、仕事が手に付かなくなりました。

 

上司やパートさんとの雰囲気も険悪になり、もう続けられないと思い、退職しました。

 

ここから3か月引きこもります。

 

家では食べて寝ての繰り返し。

ぼーっとする時間が増えます。

 

「何のために生きているんだろう。」

「生きてて意味あるのかな。」

 

そんなことばかり頭に浮かんできます。

 

 

・・・もういいかな。疲れた。

 

 

母に黙って家を出て、正社員になった祝いに買ってもらった白のワゴンRに乗りました。

 

ホームセンターで七輪と墨を買い、人が来ない山奥を目指して走りました。

 

夕日を見ながらぼーっとしていると、なぜか涙が溢れます。

 

「何のために産まれてきたのか。人間として産まれて頑張ってきたのに不甲斐ない。男として情けない。」

 

自分を責める言葉ばかり出てきます。自分を責めることしかできない弱い男です。せめて自分の人生の引き際くらいはケジメを付けようと思いました。

 

車の外で炭に火をつけて練炭に入れます。もう死ぬことしか考えてません。火が落ち着いてから車の助手席の足元に置いて、車に乗り込みました。

 

以前通っていた心療内科でもらった、睡眠薬と精神薬の残りを全部口にいれて、ビールで飲み込みます。30~40錠くらいでしょうか。

 

なぜかふっと心が軽くなります。

 

持ってきたじいちゃんの遺骨を握りしめながら泣きました。

 

「こんな孫でごめん。たくさん愛してくれたのにこんな情けない最後でごめん。向こうに行ったら怒られるんかな。会いたいな。」

 

ずっとそんなことを考えて、情けなさ、くやしさ、虚しさ、感情がぐちゃぐちゃに混ざって訳が分かりません。

 

座席を倒して横になります。人間を終わらせようと思いました。生きてても仕方ない、どうにもならないからです。

 

深い眠気に支配されていきます。意識も遠のいていきます。

 

・・・。

 

 

ここからはあまり覚えていません。

 

急にハッとして起きました。

 

「人のいるところへ行かなきゃ。」

 

車を発進させて、とにかく交通事故起こさないようにという一心で運転しました。どこに行こうとしているのかわかりません。

 

車内は練炭の煙で前が見えません。前かがみになりながら必死に運転しています。

 

ある程度進んだ時、急に意識が飛びました。その後、車から這い出て、意識を失って倒れました。気づいたら病院のベッドの上で点滴を受けていました。

 

1週間入院して、点滴を受けて退院しました。

 

ここからは後に父から聞いた話です。

 

民家の石垣に車で突っ込んだようです。車の右タイヤ周辺は大破。車は廃車です。

 

車の外に出たあとその場に倒れて、救急車で運ばれました。

その時付けていた腕時計は地面にぶつかって傷だらけでした。

 

幸い、体にも外傷はなく、精神的にも問題はありません。護ってくれたんでしょうか。今でもこうして生きています。ブログを書いています。

 

 

 

当時のことを思い出すと、本当にめちゃくちゃでした。

 

人は簡単に、こうすればいいじゃん、そうしないのはあなたが悪い、と言います。

 

でも渦中にいる本人は、それしたくてもできないのです。助けて!も言えないんです。だから助けが必要なのです。

 

これは経験した人にしかわかりません。

 

 

私と同じように苦しむ人に、自殺未遂のようなマネはしてほしくありません。助けを求められるうちに助けを求めて、そして周りの人も助けてあげてほしいです。

 

死ぬな、生きろ。と言うのは簡単です。でもそこまで追いつめられる原因があり、解決手段を見いだせないから死ぬしかないんです。

 

だから、死ぬな、生きろ、と言うだけでは無責任です。その原因と解決手段を提供し一緒に考え解決することが、本当の支援だと思います。

 

私はそれを実現したい。でもその方法が分からない。

 

このブログが少しでも役に立てれば幸いです。

長々とお付き合い頂き、いつもありがとうございます。

 

このご縁に感謝いたします。

こんばんは。

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

 

今回は私の自己紹介も含めて、ブログを始めた理由をおはなししたいと思います。

 

私は、人生を終わらせようとしました。

それだけ辛かったからです。

 

でも今はこうして生きています。

 

同じように苦しんでいる人に、人生終わらせてほしくない。

その一心で書いています。

 

乱筆ですが、ありのままを書きます。

 

 

●産まれてすぐ

 

私は、福岡県大牟田市で産まれました。初孫だったので父方の祖父には甘やかされていました。

 

欲しいおもちゃはなんでも買ってもらえる、食べたいものはなんでも食べさせてもらえる。そんな日々でした。

 

友達はできましたが、家に遊びに来る友達は私と遊ぶのではなく、最新のおもちゃ目当てで遊びに来るのです。友達がおもちゃで遊んでいる間、台所でジュースを飲みながら、寂しかったことを覚えています。

 

一緒に遊んでくれるのは女の子の人形遊びでした。この遊びで人形の役の気持ちに入り込み、寂しさを紛らわせていました。

 

●引っ越し

 

5歳くらい(うろ覚えです)の頃に父の仕事の関係で神戸へ引っ越してきました。神戸の幼稚園へ通い、小学校へ入学しました。

 

学校の成績は普通で、友達関係も良く、近所に住む同級生と人形遊び(いわゆるブンドド)をしていました。

 

●人生の転機、夜中の大声

 

小学校3年生の時です。母方の祖父が見知らぬ女性を連れてきて、夜~夜中まで、両親と話し合いをしています。時には母が大きな声を出すこともありました。

 

私は次の日学校です。布団の中で「静かにしてくれ!」と思いながら布団をかぶって耐えていました。時には罵声が聞こえてくる。私にできることは何もありません。

 

子供ながらに「いい子にするからケンカしないで」と泣くことだけです。

 

この頃に、自分は無力だ、自分が悪いんだ、と思うようになります。自己肯定感が育たなかったのです。

 

この頃から常に不安定で、癇癪を起こすようになりました。学校の成績も落ち、勉強どころではありません。いじめも受けるようになりました。

 

逃げるように、夏休みと冬休みは、九州にいる父方の祖父へ帰省しました。家では言えないワガママも聞いてもらえる。夜中の大声や罵声も聞かなくていい。父方の祖父は、私の心の居場所になっていきました。

 

●中学、言い訳

 

小学校5年生で父の仕事の関係で2回、引っ越ししました。転校も2回経験し、友達の作り方、接し方も忘れました。

 

転校して中学生になっても、いじめられっ子でした。

 

ある時、何かで父に叱られている時、父に「お前はこうだからダメなんやろうが!」と強く言われました。反射的に「ちがう!」と言い返そうとしたとき、「言い訳するな!」と言われました。

 

俺が言うことは全部言い訳になるのか。と感じ、閉口しました。父が何を言っても何時間怒鳴っても、絶対に話をしませんでした。

 

それから38歳までの、長い反抗期が始まりました。笑

 

 

●高校

 

高校では好きなブラスバンド部に入部しました。アルトサックスを担当し、3年生ではドラムメジャーも兼任しました。

 

●社会人

 

大学には進みましたが、何のために勉強するのかわからず。2年で中退しました。それから様々なアルバイトをしたり、就職活動をして正社員を目指します。

 

就職活動は散々でした。

 

リーマンショックでの人員削減による正社員登用の見直しで、研修期間だった私は、アルバイトとして残るか退職するかどちらか選べと会社から言われ、退職を選びました。

 

納豆工場の生産ライン管理の仕事では、トイレに行くことができず前立腺炎を患いました。上司に訴えても「トイレに行かないのが悪い」の一点張り。仕事より体が大事です。退職しました。

 

販売代行の仕事では、急性胃腸炎で入院しました。知らず知らずストレスを溜め込んでいたようです。店長と全く合わず、体を壊してまで続けられないと思い退職しました。

 

リフォーム営業の建築会社では、上司の横領に巻き込まれそうになり退職しました。入社2か月で上司の横領が発覚し、横領した上司に付いて仕事を教えてもらっていた私も疑われたのです。当然全く知らないので全否定しましが、会社と私の信頼関係が無くなったので退職しました。

 

上げればきりがないですね。

 

●祖父の死と自殺未遂

 

私が配送会社の事務で正社員とした働いていた時に、私を可愛がってくれた父方の祖父が亡くなりました。祖父が危篤なのは12月からわかっており、先が無いのも分かっていました。

 

1月3日の夜です。

 

その日は年始で忙しい時期でした。夜20時になっても仕事が終わりませんでした。

 

一瞬、目の前が静止しました。配送伝票もガシャンガシャン音を立てて印字されていたのに、まったくの無音になったのです。

 

直感で祖父が亡くなったことを察しました。

 

間を開けずにオフィスの電話が鳴ります。父からでした。

 

「じいちゃんが亡くなった。。」

 

「・・・わかった」

 

こういう時は言葉が出てきません。

 

ふとオフィスの出入り口に目がいきました。

人影が一瞬、見えた気がしたのです。

直感で祖父だとわかりました。

 

「頑張れよ。」

 

そんな気がします。

 

次の日、九州へ帰省し葬儀をあげました。

大好きだった競馬新聞と赤鉛筆を入れました。

 

火葬の時。

 

火をつけるボタンを押してください、と火葬場の人が言います。親族みんなが私の名前を呼びます。

 

ボタンの前に立ちます。手が震えて押せるわけありません。

大好きなおじいちゃんが消えちゃう。

 

母方の祖父が後ろから私の手を取り、押してやらんか。といいます。私が押さなきゃ。と思って押しました。

 

ボッ!っと火が付いた瞬間、その場に泣き崩れました。


 

 

自殺未遂するのはこの半年後です。

それでも私はこうして生きています。

こんにちは。

 

今回は、「怒る」と「叱る」の違いについておはなししたいと思います。

 

どちらも人間の感情ですが、自分でコントロールできずに苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。

 

皆さんの苦しみが少しでも和らぐヒントになれば幸いです。

 

 

●怒ると叱るの違い

 
怒ると叱るは、誰の為の行為なのか、エネルギーの質が違います。
 
 
「怒る」のは、自分の感情の発散、自分の為の機嫌取りの為にする行為です。
「叱る」のは、相手が今後困らないようにする助言、相手の為を想う愛からの行為です。
 
 
自分の為にする行為なのか、相手への愛なのか。大きな違いです。詳しくおはなししますね。
 
 

 

●怒る、について

 

「怒る」は自分が気に入らない事を、まっとうな理由を付けて相手にぶつける行為です。言いたいこともまとまらないので、何が言いたいのか伝わらないことが多いです。

 

怒った本人は感情をぶつけてスッキリするのが目的です。

 

 

・怒りを受けた人の状態は

 

怒りをぶつけられた人は、怒りのエネルギーを受けてダメージを受けます。自己肯定感の低い人だと、「相手が怒った、怒らせたのは自分が悪いからだ。」と自分を責め、自己否定に陥ります。

 

自分の機嫌は自分で取るのが本当の大人。怒る人は子供なのです。

 

 

●叱る、について

 

「叱る」は、相手が困って苦しまないようにどうすればいいかを伝える行為です。相手が理解できる言葉、話のはやさ、声のトーンで伝えます。教える、指導するに近いですね。

 

人生経験が豊富で、たくさん失敗してきた人だからこそ、落ち着いて言葉をかけることができます。

 

※この時、相手が理解したかどうかはまた別の話です。

例えば、馬(相手)を水飲み場に連れていくことはできる(叱ることはできる)が、馬が水を飲むかどうか(理解し実践するか)は馬次第なのです。

 

 

●怒りが湧く原因とは

 

相手の気に入らない部分は、自分に対する気に入らない部分です。なぜなら相手は自分の鏡だからです。

 

相手を通して自分の気に入らない部分を見ていることになるので、気分が悪くなり、イライラします。

 

 

●怒りをどう扱えばいいのか

 

怒りの感情の向き合い方は2つです。

 

①その場の怒りに振り回されない方法

②怒りの原因を取り除く方法

 

一つずつおはなししますね。

 

 

①その場の怒りに振り回されない方法

怒りが湧いたら、まずはすぐに深呼吸することです。怒りのピークは長くて6秒だと言われています。深呼吸して、この6秒を乗り切ることで、怒りを爆発させずに済みます

その後、落ち着いてから頭をゆっくり整理します。

 

「なぜ怒りが沸いたのか」

「相手をどうしたいのか」

「何を伝えたいのか」

 

怒りの感情に飲み込まれてしまうと、何も見えなくなります。良くない結果を生むだけです。

 

 

②怒りの原因を取り除く方法

自分の気に入らない部分を認めて、「そんな自分も自分。それでも良い。」と自分を許すのです。これが難しい。笑

自分に対する気に入らない部分を認めて許すと、相手に対して気に入らない部分が気にならなくなり、怒りが湧きにくくなります。

 

怒りではなく、相手を愛で包み、叱ることができるようになります。

 

 

●おわりに

人はみんな完璧ではありません。考え方や感じ方は人それぞれです。

 

自分を認めて、相手も認められるようになれば、お互いを尊重し生きやすくなるのではないでしょうか。

 

今回もお付き合い頂きありがとうございます。

皆様が、少しでも生きやすくなる一助になれば幸いです。

こんばんは。

ふと思ったことを書いてみます。

 

今回は、起きることは全て愛だというおはなしです。

 

 

私たちはよくないことが起きると気分が暗くなります。

仕事で失敗したり、友達と喧嘩したり、何かを失くしたり。日々いろんなことが起こる中で生きています。

 

思い通りにならないことに腹を立てたあとは、たいてい落ち込みます。なんでこうなったのか原因を探してみたり、あいつが悪いと責任を押し付けたり。

 

人は感情の生き物です。忙しいですね。私も40年生きてきたのでよくわかります。思い通りにいかず他人のせいにもできない自分の不甲斐なさに、自殺未遂したこともあります。

 

それでも今、こうして生きているのは、何かやるべきことが残っているから。そう思うと少しは生きる光になりました。

 

本題です。

 

この世は全て、愛です。簡単に言うと、愛とは優しさです。優しさとはその人の為を思う心、気持ちです。

 

では、良くないことが起こった時どうすればいいか。どうやって心を保てばいいのか。

 

私の答えは、起こった事実と解釈を別に見て、事実は愛だと見ることです。

 

例えば、体調が悪くて腹痛や頭痛で寝込んだとしましょう。その時どう思いますか?

 

「体調不良で仕事を休んでしまった、やることができなかった。体調管理もできない自分はダメな奴だ。」

 

多くの人はそう思うのではないでしょうか。責任感が強い日本人に多い思考ですね。

 

これでは事実と解釈をごちゃ混ぜにしています。分けてください。

 

事実は、体調不良。

解釈は、自分は体調管理できないダメなやつ。

 

解釈は自分の価値観に基づいた思考で事実を見ているので真実ではありません。なので事実にだけ目を向けます。

 

そして、体調不良は、体が「休んでくれ。頼む。」というサインですね。自分への愛です。体と心は繋がっていますから、体調不良は心の充電不足です。

 

体調不良という事実について、こう考えてみてはいかがでしょうか。

 

「体調不良だ。心が体を通して、休め充電しろ、とサインを送ってくれているんだな。このまま充電が無くなって動き続けたら、もっとひどい病気やケガをしていたかもしれない。そうならないように、休めとサインをくれたんだな、ここで休んで回復しよう。ありがたい。」

 

そもそも体調不良になるくらい頑張った事実があるから、体調不良になるのです。それくらい頑張ったんです。その事実を認めて、休んでください。

 

これは、自分自身に対する、愛です。自分を愛せない人は、他人を愛せません。

 

休むことも、仕事のうちです。仕事ができる人は休むのも上手いのです。だから仕事ができるのです。自分への愛です。

 

これ以上自分を追い詰めないでください。助けてと言える人になって、自分を守ってください。自分を守れるのは自分だけです。自分を認めることも、褒めることも。また自分を殺すのも自分だけです。

 

私のように自分を無視して他人の為だけに生きないでください。心を壊したり自殺未遂をしてほしくありません。

 

 

どうか、心の声を無視せず、自分への愛を持って、まずは自分を愛してください。

よろしくお願いします。

 

 

 

乱筆、失礼いたしました。

最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。

こんばんは。

最近は横になって瞑想しながら龍とつながっています。今日は温泉に入っているような温かく包まれる感触がありました。

 

 

 

今回のお話は、神社に呼ばれてそこで出会った銀龍と、私自身の本当の姿が白龍だったおはなしです。

 

始まりは直感で、龍に呼ばれている、と感じて神社に参拝したことです。訪れたのは元伊勢内宮皇大神社の参拝ルートの一つ、天岩戸神社です。

 

一度訪れたことがある神社で、滝の横にある断崖絶壁にお社が建てられています。お社の前までは鎖を使って登ります。

 

その滝つぼに銀の龍がいて、私に「おいで」と言うのです。

 

 

 

車で片道2時間の距離です。日本海に近いこの地域では、まだ雪が残っていました。いつもの曇り空が、この日だけは快晴で気持ち良い陽気です。

 

到着して参道を歩くと、さっそく龍のお出迎えです。空に龍が現れました。

 

 

どことなく笑ってお迎えしてくれているように見えます。

 

参道を登り切って、元伊勢内宮皇大神社本殿に参拝します。手を合わせて感謝します。

 

「無事にお参りさせて頂きありがとうございます。

いつも護ってくれてありがとうございます。

いつも素敵なエネルギーをありがとうございます。

感謝しています。愛しています。」

 

今日も無事に感謝できたことをうれしく思います。

 

本殿脇の小道を進み、天岩戸神社へ向かいます。少しの登山道を進むと、滝つぼの近くまで急な下り坂が続きます。

 

到着すると、空気が変わりました。冷たい空気に威厳を感じ、お社の前まで進みます。本殿と同じように手を合わせて感謝申し上げます。

 

 

参拝後写真を撮りました。大きな岩の前に銀色の龍がいます。私以外に誰もおらず、この写真と同じ角度、構図で写真を撮ることは直感で分かっていました。

 

参拝を終えて車に戻ります。

 

帰りの参道で、一匹の白猫を見かけました。私が進む先に表れて車の近くまで案内してくれました。

 

いつものように見えるお友達に電話でお話を聞いてみました。

 

「滝つぼにおられたのは銀色の龍ですね。薄い青い炎を持っています。白蛇いませんか?帰りに案内してくれた白猫かもしれません。気を付けて帰れよ、と言ってくれたのかもしれませんね。」

 

そんなことを談笑しました。直観で感じたことを二人で話すのは楽しいです。

 

「実は、夢で白い大きな龍に出会いました。とても大きくて位の高い龍です。毛はふさふさで絹のようにキラキラして優しい龍です。そら様とそっくりなエネルギーなんです。もしかしてそら様がその白龍なのでは?私はそう確信しています。」

 

びっくりしました。私が白龍。ほんとうの姿。確かに人間界に来る前の記憶も話したこともあったり、今まで不思議な体験をいくつもしてきました。

 

もし私が白龍なら、愛を伝える為に人間界へ降りてきたのかもしれません。心の奥底に凛とした威厳とエネルギーを持っていたことを思い出しました。

 

2023年1月に、自分を開放する。と決めてからの開花のスピードが速すぎます。今までは他人の顔色を伺い、他人の機嫌を取って生きてきました。自分の人生を生きていませんでした。

 

自分を開放し、自分の人生を生きると決めてから、生きるための考え方や人付合いの考え方などが、言葉になって溢れてきます。

 

「今日出会った銀龍さんは、そら様からすこし高い位置で見守ってくれています。これで5匹ですね。」

 

この銀龍は、大きな視野で全体を見渡す位置にいます。名前を呼んだり欲しがったりする龍ではありません。

 

帰路につきながら、私が白龍だという意識が強くなります。凛として自分を整え、明らめてまかせる。本当の強さとは何かを考えさせられました。

 

 

 

今回もお付き合い頂きありがとうございます。

直感で感じたこと、見えたこと、全てが不思議です。

 

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

こんにちわ。

今日は少し暖かいですね。長崎では梅も咲き始めて、春が近づいているのがうれしくなる陽気です。

 

今日は四匹目の龍に出会ったおはなしを書いてみます。

名前は凛(りん)といい、神社の境内にある池で出会った子です。

 

私の家の近くに、越木岩神社があります。六甲山の中腹にある神社で、お社の奥には、北の磐座という大きな岩があり、パワースポットです。何度か行ったことがあります。

 

私は寺社仏閣巡りが好きで、御朱印を頂いたり先祖供養のあるお寺では必ずするようにしています。今があるのは全てご先祖様と後ろで護ってくれている方のおかげだと感じています。

 

なんとなく北の磐座へ行きたいと感じ、お昼過ぎに行ってみました。ここ数日、龍が見えたり変化が目まぐるしく動いていたため寝不足で疲れが溜まっています。

 

いつものように見えるお友達にも届けばいいなと思い、今回は電話をしながら本殿に参拝しました。その後パワースポットへ足を進めます。

 

パワースポットの石に手を当てて、エネルギーを感じます。電話をつなぎながら小声でお友達と少し会話をしました。

 

「ここすごいエネルギーですよね。すごく入ってくる。ありがたいです。」

 

「ここすごいですね。凪沙様も嬉しそうにぐるぐる泳いでますね。みんな嬉しそうです。」

 

十分エネルギーを頂いて感謝をし、磐座の横にある池に向かいます。お社はほかにもたくさんあります。

 

 

着いた瞬間に、「龍がいる!」と直感で感じました。こんなこと初めてです。龍がこちらを向いています。電話をつなぎながら参拝しお友達にも聞いてみます。

 

「いますね。この子ピンク色。色気を持ってきてくれる子ですね。翠くんみたいにふさふさです。そんなに大きくはないですね。」

 

池の水を手ですくうと、とても冷たくて気持ち良いです。手にエネルギーが入ってくる感覚があります。

 

それから参拝を終えて車に戻りました。磐座のエネルギーはとても大きくて真っすぐで清らかでした。

 

車で帰路についていると、後ろから急に「りん!」と声が聞こえました。

 

「りんって誰?」

 

意識するとさっきのピンクの龍が見えました。神社の池から付いてきたみたいです。漢字もすぐに「凛」が浮かび、この子の名前も決まりました。

 

凛(りん)は凪沙に比べ少し小さくいです。元気に泳いでいます。私の左肩から前に泳ぎ、凪沙と仲良しです。

 

これで龍は四匹です。左肩にピンク龍の凛(りん)、左太ももあたりにオレンジ龍の陽(ひな)、右肩に青龍の凪沙(なぎさ)、右太ももあたりに緑龍の翠(すい)がいます。

 

ふと、凪沙が言います。

 

「まだまだ増えるよ。」

 

増えるらしいです。。みんな穏やかな顔をして安心しています。龍を使って何か成すのか?はわかりませんが、みんなが安心してくれていればそれで良いです。

 

 

 

今回もお付き合い頂きありがとうございます。

 

私はここに存在します。

日々愛し愛されていることに気付き、護られている事に感謝します。

全て明らめておまかせします。

いつも支えてくれてありがとうございます。

いつも護ってくれてありがとうございます。

おかげさま。これからもよろしくお願いします。

こんばんは。

今日は続けて三番目に気付いた龍、翠(すい)のお話も書いてみようと思います。

 

翠との出会いは、見えるお友達との電話中でした。このお友達と電話すると、不思議と感が冴えてイメージが広がるように見えます。

 

凪沙(なぎさ。最初に気付いた龍)と陽(ひな。二番目に気付いた龍)の話をお友達としていた夜中1時すぎ。

 

以前から気になっていたけど自分では確信が持てなったことを聞いてみました。

 

「右斜め前から龍が来てませんか?まだ遠いですが。こちらに向かって来てますよね?」

 

「ん?気づいてました?私も右斜め前からそら様に向かって来ている龍が見えます。頭だけ見える。。。」

 

私の感が冴えていました。一匹の龍がこちらに向かって来ていたのです。しばらくお友達と話していると、私の部屋の隅まで到着しました。天井付近でこちらをじっと見つめて様子をうかがっています。

 

おいで、と言ってみてもこちらに来てくれません。目を閉じて少しリーディングしてみます。

 

「頭だけのイメージしかないですね。体が見えないんです。」

 

電話をつないだままにしてお話している友達に聞いてみると、同じく体のエネルギーを感じないと言います。

 

「この子、ナーガという大蛇の一族ですね。他人を利用し重い波動を巻き上げて生きている種族。この子はエネルギーが弱すぎてそれができないから、仲間に首から下を切り落として付いて来られないようにされた。命からがら助けてくれる人を見つけてやってきた。。。」

 

すごいです。やっぱり見える日人は違いますね。私はそこまでわかりませんでした。龍のエネルギーを感じるだけです。

 

「緑色で毛はふさふさ。ツノが生えてます。本来の姿はとても大きな龍です。助けてほしいと泣いてますね。ここにいて大丈夫だよ。私の羽も治してもらったんだよ、と伝えると、びっくりしてます。」

 

以前、このお友達の羽を電話越しのヒーリングで治癒したことがあります。お友達はご自身が天使だと自覚されており、強欲な餓鬼に羽をむしり取られそうになり、その時に傷つけられた羽を私が治したのです。(詳細はこちら↓)

 

 

私とお友達で、この緑の龍と話をしました。

 

「本来の姿に治してほしい。ここに居てもいい?って聞いてます。心も体も、それだけ傷ついてます。」

 

「ここにいたらいいよ。治るまで時間かかってもいい。好きなだけいたらいいよ。」

 

「少し安心してますね。名前が欲しいと言ってます。」

 

「名前かあ。。。翠。。すい。」

 

「翠くん、これから仲間だね。よろしくね。」

 

翠は私の右太もものあたりに寄り添うようにいます。今は頭しかエネルギーを感じませんが、時間をかければ元の姿に戻るかもしれません。

 

これで私の周りにいる龍は三匹になりました。龍が見えるようになってから一週間くらいです。何匹まで増えるのか。。。本当に不思議な体験をしています。

 

 

 

 

今回は長い記事にも関わらず、最後までお付き合い頂きありがとうございます。感謝。

こんばんわ。

今日は少し暖かいですね。日の当たらないところではまだ雪が残っているところもありますが、少しずつ春の訪れを感じます。

 

今日は、陽(ひな)に出会ったお話です。

二番目に気付いた龍で、いつも私の左でおとなしくしています。

 

陽(ひな)オレンジ色の龍。怒りを司る龍。美形の女の子です。

 

見えるお友達と電話でお話しているときに気付きました。何気なく凪沙(なぎさ。最初に気付いた龍です)の話をしていると、

 

「凪沙様だけじゃないですよね?ほかにも龍がいますよね。」

 

そいう言われて目を閉じて意識すると、左側にオレンジ色が見えます。

 

「いる?龍?」

 

心の中で、オレンジ色に向かって話しかけます。すると、私の左太ももの上にスッと降りてきて頭を乗せました。

 

「やっと気づいた?ふふ」

 

オレンジ色の光を発しながら、凛とした佇まい。切れ長の目に面長の鼻。決して感情的になることなく私の左に存在を感じます。

 

 

友達と電話越しに、この龍の特徴を見ていきます。

 

この龍は自分の強さを理解している。怒りを出したら相手を完全にねじ伏せてしまうほどのエネルギーを持っている。だから何事にも動じないクールビューティ。

 

そんな龍だね、と二人で談笑しました。

 

「名前は、、、、陽(ひな)ですね。」

 

名前もあっさり決まり。ずっと見守ってくれていたんだね、やっと気づいてもらえてうれしそうです。今では常に私の左にいて護ってくれています。

 

これから自分を整えるともっと気づくことがたくさんあるのかもしれません。楽しみにしながら整えたいと思います。

 

今回も最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。