こんばんは。

 

今日は、自分を満たす話を書きます。

 

 

いつも、エネルギーを整えるセッションをしてもらっている友達がいる。

その子は食べるのが遅くて、マイペース。

私は食べるのが早いので、先に食べ終わる。

先に食べ終わるから、相手が食べ終わるのを待っている、時に少しイライラもする。

 

最近、胃もたれのような、内臓が弱っている感覚がずっとあって、風呂の中で少し考えてた。

 

なぜ私は食べるのが早いのか?それは、空腹を早く満たしたいから。

とはいえ、早く食べたいわけではない。例え好物のメニューであっても。

本当は、空腹を満たしたいのであって、早食いしたいわけではない。

 

私が望んでいる事は、空腹を落ち着かせることである。

 

ということは、最初に暖かい汁ものを胃に流し込み、早く空腹を満たしたい欲を落ち着かせるのが先だと気づいた。

そして、胃に、これからメインのおかずと白飯を迎える準備をしてもらう。

 

これって、現実創造と全く同じでは?と思った。

 

 

 

①自分が望んでいるものを把握して、②その望みを先に満たせば、③望む現実は自然と向こうからやってくる。

 

上記の食事の話で言えば、

①自分が望んでいるもの=空腹をみたしたい

②その望みを先に満たす=暖かい汁ものを飲む

③望む現実が自然とやってくる=メインのおかず(ここでは望む現実とする)は目の前にある

 

食事なので、目の前にとんかつ定食が出て来てからの話にはなるが、自分がとんかつ定食を望んで、とんかつ屋さんに入り、注文すれば目の前にとんかつ定食が出てくる。

これはごくあたりまえのこと。

 

この当たり前をすれば、現実が作られる。

 

では、自分の望む現実は何か。

これをまずはハッキリさせるのが最優先だと思う。

とはいえ、数秘9の私は、空なので自分の意見よりも周りの意見や環境を見ながら動くのが得意なので、自分がどうしたいかを決める事は死ぬほど苦手である。。どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

 

前回の続き、というか、気付いたことを書きます。

 

 

 

不機嫌になった時は、自分を責めているから、という記事を前回書きました。

自分を責めているサインなんですね。

 

ではなぜ自分を責めるのか、を深堀りしました。

 

思い当たるのは幼少期の経験でした。

 

毎晩、両親と祖父が言い合いをしていて、私が寝ている部屋まで丸聞こえだったのです。

私は小学校3、4年生でした。次の日も朝から学校があります。平日です。

 

それなのに、毎晩のように祖父が来て、両親と言い合いをするのです。

聞いていた私は、言い合いの最中に何度か「うるさい!寝れない!」と言ったことがあります。

それでも言い合いは止まず、私は癇癪を起こすようになりました。

 

この時の経験が、自分を責めていることにつながったのです。

 

言い合いを聞いている小学生の私は、うるさい!ねれない!と言ったのはいいもの、言い合いは止みません。私は、無力感を抱えるようになり、その無力感に耐えられず、「自分が何とかしなければ」という、自分に責任を持たせることで、何もできない無力感から自分を守ろうとしていたのです。

 

自分が何とかしなければ!➡自分の責任だ!➡自分が悪い

 

こんな想いを抱くようになりました。

無力感って、辛いです。自分が悪くないのに、無力感を感じてしまうのは、「みんな仲良くしてほしい、私が悪者になってでもいいから、なかよくして」という、無条件で自分を責める土台が出来上がりました。

 

無力感を抱くと、自分で自分をコントロールしている、という感覚が薄れます。理不尽に現実が動いている感覚であり、他人の機嫌に左右され、存在意義を失います。それが恐怖だったと思います。ここにいて良い、という存在意義と安心感を持つ間がなかったのです。

 

 

 

さて、今は小学生の自分から成長し、自分と向き合うことが出来ます。

ここで思考を見直します。

 

 

 

自分を責める理由は、無力感を抱えて存在意義(ここに居て良い、という感覚)が無くなるのが怖いから。

自分を責めて=自分に責任を持たせる、責任を果たす努力をするように仕向けることで、存在意義を見出そうとする。

無条件の自分責めです。

 

止めます。

 

なにか事が起きたとき、すぐに自分責めを発動し、こんなに責任を果たそうと努力していますので、それ以上責めないでください、という、メッセージを発します。ここです。

 

これまでの流れは、

 

何か起きた(事実)➡迷惑をかけた➡自分は役立たず無力だ(無価値観を感じている)➡見放されるかも、ここに居ていい理由がない(存在意義が無いと感じている)➡消えたい、でした。

 

これを途中でストップします。

 

何か起きた(事実)➡迷惑をかけた➡修正する、相談する➡防止策をとる、考える。

 

これで終了です。

 

違いは、迷惑をかけた、と認識した後、自分を責めて責任をとろう、とするのではなく、修正する・相談するという行動で責任をとる、ということです。

 

「自分を責めているので、これ以上責めないでごめんなさい」というマインドから、「事実を認め、修正することで責任を果たしました」というマインドに変わりました。

 

 

自分を責めないので気分が悪くなることもありません。

修正して責任をとるので、事実(現実)がこれ以上悪くなることもありません。

 

 

ここまでくるのに30年かかりました笑

まあそれも自分のペースですね。

 

自分責めの理由を見直せば、現実がかわります。そりゃそうですよね。自分の行動がかわったんですから。

 

引き寄せの法則は、人間のテクノロジーでは説明できない魔法ではないです。

自分の行動の結果です。行動は思考が(無意識が)決定します。

ここを見直すことができたのは、とっても大きい収穫でした。

 

 

自分を責めることなく現実を受け止めて、感謝しながら生きます。

 

 

最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。

こんばんは。

 

また書きたくなったので開きました。

 

最近は、感謝の練習をしています。ザ・マジック(ロンダ・バーンさん)という本と、7日間でなりたい自分になれるワーク(大石洋子さん)の二冊を読んでいます。

 

その中で、被害者意識を失くそう、というワークが出てきます。

ワークをするうちに、被害者意識は不機嫌になる、ということに気付きました。

 

人を攻撃し、「あいつが悪い」と人のせいにして被害者意識でいると、気分が悪いです。

思いがけない不運や、理不尽と思えることが起きたとき、つい何かのせいにしてしまいがちです。

 

その時に、何かのせいにしたままでは現実を変えることなんてできません。

むしろ、また不運や理不尽な現実を引き寄せます。

 

思い通りにいかない時にすることは、その状況でも感謝できることを探すことです。

そうすれば、それ以上不運を引き寄せることはありませんし、何かのせいにすることもないので、気分も悪くなりません。

 

主語が分からない潜在意識が、普段、顕在意識で思考している「攻撃思考」を溜め込んで、被害者意識を生み出し、それを確認する現実を生み出します。

 

すべては自分の思考から出来上がっている現実です。

そう考えれば、どうすればいいかが見えてきます。

 

人やモノへの攻撃思考は、主語が分からない潜在意識にとっては、自分への攻撃です。

自分への攻撃を止めて、攻撃思考を教えてくれた潜在意識に感謝する。

 

現実を変えるヒントは、潜在意識に溜まった、現実を生み出す蓄積した思考です。

 

 

私もまだまだ勉強中なので、理解しきれてない部分もあります。

なんとなく、今の理解で書いてみました。

 

感謝して毎日を過ごしはじめると、良いことが重なります。

 

こんばんは。そらです。

 

最近は月2回、友人のエネルギーセッションを受けて、エネルギーを充電してもらっています。

おかげさまで気力も戻ってきました。

 

というのも、去年夏にダウンしてから、しんどかったのです。

作業療法士の専門学校2年生だったのですが、夏の実習で2週間徳島へ行った次の日に初めてコロナに罹患し、5日間自宅待機。6日目から病み上がりで8日間実習へ。しぬかと思いました。

 

何とか実習時間を満了し神戸に帰ってきました。。。

そして後期授業開始と同時に、前期テスト21科目中、4教科赤点を取ってしまい、留年確定。。。

 

もう気力が無くて、講義も座っているだけでやっとの状態。

担任に相談して、休学し、今年2月に退学しました。

 

ということで気力体力共にどん底だったのですが、月2回エネルギーを入れてもらって復活しました‼☆

 

 

自分でも、引き寄せの法則や思考を学ぶうちに、その仕組みに少しずつ気付いてきたことを書こうと思います。

 

 

●思考が先、現実が後

 

現実は自分の思考が作っている。現実は思考の反映です。だから、良い事が起きるのも、良くない事が起きるのも自分の潜在意識に溜まった思考の反映です。

そう考えると、自分に対して他人に対して、自分がどのように接してきたか、が分かります。

 

私は自分のことが嫌いで、常に自分が悪いと思い込み、何かあると自分のせいにしてきました。他人は自分の思考の反映である、ということは、他人は自分と同じ、ということです。

自分を責めている=他人を責めている、ですね。

 

そして、潜在意識は主語が分からない、という性質があるので、責めているということはわかるけど誰をという主語はわからないので、自分(=他人)を責めている、という現実をみせてくれるのです。

 

思考を変えれば現実が変わる、とよく言われるのは、こういう仕組みなんだと学びました。

 

 

●現実創造の落とし穴、本当にそれは望んでいるのか?

 

現実を変えたい、だから思考を見直す。その通りなのですが、ここで落とし穴がありまして。

 

執着です。

現実を変えたいという思いを握りしめている思い(執着)があると、現実は変わらないです。

 

執着は、何が何でもというつよい思いの事ですが、執着があると、余裕がなくなります。

そして、何が何でも引き寄せたい現実以外にNOとジャッジしてしまうのです。

 

人は、自分のことが一番わかりません。わかっている気になっているだけです。

理由は、自分を一番近い存在だからです。

他人のことがよくわかるのは、距離が離れているから、俯瞰してみることができるのです。

 

では、自分の本当の望み、引き寄せたい現実は、自分は知っているのでしょうか?

自分でも気付いていない望みがあるのではないでしょうか?

そう考えると、こうなってほしい現実(握りしめた執着)は、本当に自分が心の底から望んでいる現実でしょうか?

 

と自問すると。。。。絶対にそうです!と言い切れなくなります。

 

●現実はおまけ

 

現実はおまけ。

 

それくらい気楽に捉えていた方が、自分に余裕が出ます。

思考を見直して、良い状態になると、現実が変わります。

 

引き寄せた現実を体験して、「自分はこういう現実を望んでいたのかもしれないな」そう思える方が楽しめます。

 

現実を変えることに執着せず、思考を見直し整えて、現れる現実を楽しむ。

現実は、思考を見直した後にやってくる、おまけです。

 

自分を整えれば、絶対に現実が変わります。

 

●カブトムシ

 

体験談として書きますね。

私は母への思いを見直しました。

 

母に対してはネガティブな思いもポジティブな思いもたくさんあります。

そこでやったのは、感謝をノートに書いたことです。

 

小さいころしてくれたこと、今してくれている事、全てに感謝しました。

小さいころに、家でカブトムシの幼虫を飼育し、夏にカブトムシを見せて喜ばせてくれました。

これも愛だな、愛されていたな、喜ばせてくれてありがとう。

 

そうノートに書いて、数日後。

 

ふとベランダにでると、オスのカブトムシの成虫がひっくりかえってもがいてました。

そしてまた数日後。

今度は、母が階段でオスのカブトムシをみつけました(これで2匹目)

そしてまた数日後。

次は、コンビニに行った母が、メスのカブトムシを見つけて持って帰ってきてくれました。

 

偶然と思いたいですが、感謝をして愛に気付いたら、その現実が現れました。

カブトムシです( ´∀` )ははは

 

感謝のエネルギーは、もっとも波動が高いと言われています。

カブトムシを3匹も手に入れた夏は初めてです。びっくりです。

 

これから、母だけではなく、父、友人、元恋人、お金、ペット、健康、全てに感謝して生きようと思いました。

どんな現実が起きるのか、ワクワクします。

 

 

 

 

 

 

おわりです。

めちゃながくなりました。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

お久しぶりに書きます。そらです。

 

最近は、たまにお寺も行ってます。

家から片道一時間弱にある、越木岩神社に行ってきました。

 

本殿です。

この日も照りつける太陽が眩しくて夏本番の陽気でした(あちぃマジでほんとに

 

お参りしたあとに、本殿横の山道を登って2分。

ご神体の越木岩へお参りです。

ご神体の岩です。ここがパワーが強くて、触れていると落ち着きます。

 

その他の末社へお参り。

 

画像が横になってるかも?なんで??

 

龍のところへお参りしたときに、「水をかけてほしい」と言われた気がしたのでかけてきました。

 

帰りにおみくじが二種類あったので、水御籤を引きました。

なんと大吉!

 

そして越木岩サイダー(塩レモン味)を頂いて帰路につきました。

 

なつの越木岩神社もなかなかよかったです。

気になる方はぜひ。

 

 

 

 

 

 

お久しぶりに書きます

 

ご縁ある方に教えてもらって、奈良の信貴山にある朝護孫子寺に行ってきました。

ふと思いったって行こうとした3月10日は、2025年中に1度しかない

天赦日×一粒万倍日×寅の日が重なる超最強開運日ということでした。

 

なんというタイミング。思い立った日が最強開運日。これはもう行くしかない。

 

ということで午前中の11時30分に到着。

 

①猪上神社にお参り

②千寿院でご祈祷申込➡本殿でご祈祷、

③本殿地下

④山頂の空鉢護法(白蛇さん)

という順序で行きました。

 

千寿院では1万円のご祈祷を申込み、本殿でご祈祷して頂きました。

 

本殿の地下に戒壇巡りがあり、真っ暗な回廊を進み、宝珠を納める錠前に触れると心願成就のご利益があるそうです。

ほんとうに見えない。真っ暗でした。こわかった!!!((´∀`))ケラ

 

次に、山頂の空鉢護法さんに行きます。

めちゃ山登りでした。。セーター着てくるんじゃなかった。もう春の気温です、あつい。。。

 

山頂についてお参りしました。

しかし、詳しいお参りの方法はわからず。。。

 

あとから来たお二人のお姉さん方が、社務所で鶏卵5つとお酒が乗ったトレー(なんていうの?四角い木でできたトレーみたいなやつです(;'∀'))を購入してました。

「それお供えするんですか?」と声をかけると、「そうそう、これお供えして心願成就よ」

そこからお参りの方法をたくさん教えてもらって、本殿やそのまわりのお社にも参拝しました。

 

「白蛇さんがいるってきいたんですけど」と聞くと、「よく知ってるね」と言い、奥へ案内してくれました。

すると、白蛇さんが入ったケースがあり、布をめくると、中の透明なケースのなかで休んでいました。

 

ありがたや。。。

お姉さま方に教えてもらわないと白蛇さんにはお会いできなかった。。。

これもご縁ですね。感謝です。。。

 

帰りにもいろいろ教えてもらいました。

白蛇さんは元々二匹いたそうで、去年?に亡くなったそうです。

そのお墓がこっちにあると、教えてもらったので、手を合わせました。

 

お話しながら下山し、途中の行者堂でお別れし、その先の良縁のお堂へ行きました。

「今からご祈祷されますが、なさいますか?」と声をかけて頂き、思わず「はい」と答えて急遽ご祈祷へ。

これもタイミングですね。

 

お財布を預けてご祈祷してもらい、最後に塗香を頂いてお財布を返して頂きました。

御朱印を頂いて下山しました。

 

最後に、剱鎧護法堂(病気平癒)へお参りしにいくと、山頂の空鉢護法さんで教えてもらったお姉さま方とばったり遭遇!また会ったねえ!と笑いながらお参りしました。

小銭がなくて社務所で両替しようとしたら、「これあげるわ!」と5円玉と5枚頂きました。

ご縁ってすごいですね。

本当に感謝です。

 

 

今回は流れるままにお参り、ご祈祷、白蛇様、白蛇様のお墓、さらにご祈祷、という不思議な流れのお参りでした。

今思うと、山頂の空鉢護法さんであった二人のお姉さま方は、白蛇さんの生まれ変わり?というか、教えてくれる為に出会った感じがします。

 

お参りしてから、両手が分厚くてエネルギーに満ち満ちている感じがします。

これはいいことありますねえ((´∀`))ケラケラ

 

写真撮る間も無く参拝でした。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

 

白蛇さんだけ写真撮りました。

真ん中の白いのが、白蛇さんの胴体です。

見てくれた人に良いことがありますように☆

 

あけました。今年もゆるく生きるつもりです。が。

 

 

今は、意識レベルの自我と、精神性の無意識との間で生きています。

 

というのも。

詳しくは書けないのでわかりにくいかもしれませんが。。

 

今は、スピリチュアルな考えも理解した上で意識の自我では、自分でなんとかしたい気持ちが強くて。

この現状を打破したい、何とか自分で身を起こして自立してやるぞ!みたいな気持ちが捨てきれず。

何かに打ち込んでバリバリ仕事してる自分が好きみたいです。

 

龍とかスピリチュアル的考えでは、

力をぬいて、まあいいかの精神で生きる。

どんな自分も許す。ダメな自分もダサい自分も性格悪い自分も全部自分だと認めてそれでも、まあいいかと許す。

起こること全て意味があり、何かを学ぶチャンスである、

相手は自分の鏡であり、自分の内面が現れている。

自分と向き合って自分の気持ちに従えば全て上手くいく。

 

これまでそんなことを教わったような気がします。

 

そんな二つの考え方や想いの間にいます。

一生懸命頑張って打ち込んでるけどちょっとしんどい。

自分で選んだ道なのに結果が出そうにない。

ここまで来て情けない、と自分を責めたくなりますが、それは違うのもわかってるのでしません。

 

 

何かに打ち込んでバリバリ道を切り開いていく自分も好き。

どんな自分も許して、流れに任せて、ストレスなくゆるく自由に生きたい。

 

相反する思いのようで、どちらも自分の思い。

 

 

わがままですねえ~ははは。

 

 

 

自分がどうしたいのか分からない、数秘3と6と9の人間です。

好きなことを楽しんでやれば上手くいくのにね。

頑張るとは、好きなことを楽しむこと。

 

嫌なことでも負けずに食らいついて乗り越えることじゃないのはわかっているのにね。

 

 

 

ちょっとした心の整理です。

悩んでるわけではないです。

 

 

さて。

2025。蛇年。

どうなるかたのしみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お久しぶりです、

 

神社に行ってきたので更新です。

 

今回は、岡山県にある、高岡神社に行ってきました。日帰りで片道2時間半のドライブでした。

 

着いたら、龍の平安杉がお出迎えしてくれました。

木の枝が龍の形になっていました。

 

空気感が違います。神社の周りの空気が張り詰めていて、清々しくて気持ちが良いです。当日は曇りでした。

 

会談を登って本殿へ向かいます。

 

鳥居をくぐると、平安杉の龍さんの裏に、白蛇さんがいました。どこに白蛇さんがいるのか、立て看板もあったのでわかりやすかったです。

 

会談を登って本殿へ向かいます。

 

本殿正面です。

 

この奥の山には、龍神様が祀られているそうです。登るのに3時間かかるそうです。

 

お参りして、お守りと御朱印を頂きました。

 

 

御朱印は絵柄と紙の色が違う4種類の中から選びました。手をかざして、一番気が強かったピンクにしました。

 

お守りは龍の丸いのにしました。いいなあと思ったものを頂きました。財布に付けています。

 

 

お参りしてから、精神的にとても安定しています。無理に頑張って体調を崩していましたが、今は無理なく淡々とやることをこなしている状態です。めちゃ楽です。

なにがなんでもがんばろう!という粗暴な面が丸くなった?感覚です。

このペースで無理なく毎日を淡々と健康に過ごしていこうと思います。

 

お時間があるときはぜひ行ってみてください。神様がおられるところは呼ばれたら行けるので、皆様によいご縁がありますように。

 

 

 

 

こんばんは。

夜は少し涼しい?また暑さがぶり返す?

もう夏は飽きましたね。。。。

 

八大龍王さんに行ってから約1週間が経ちました。

特に変化はありません。

 

が、お腹のあたり(第二チャクラの場所)に、赤い球が見えました。レザーのような質感で、波の形につぎはぎしてある丸い球です。

なんでしょうね。気になります。。。

 

学校帰りに電車の中で寝ていたら、ふと見えたのです。

何でしょう。特にそれから変わった事はありません。

 

そして。

 

学校帰りに龍雲を見ました。

こちらを真正面に見ている龍雲でした。

いつも横顔なのに。

 

今気づいたんですけど、今までの龍雲は横顔でした。

八大龍王さんに行く途中の龍雲は、少し斜めにこちらを除いてました。

今日の龍雲は、はっきりこちらを見ていました。

 

写真は撮らなかった・・・撮ればよかった・・・

 

でも、私が見て、龍の顔に見えた、というだけです

他の人が見ると、ただの雲やん。

と思うかもしれません。

 

 

 

この世は主観の世界なので、自分が、本人が、そう思ったら、そうなんです。

事実は、本人の中にある。自分の中にある、という意味と同じ意味です。

 

相手は自分の写し鏡。

自分と相手はイコールです。

 

ということで、ここ2週間の出来事でした。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

こんばんは。

 

八大龍王さんに呼ばれたので参拝に行ってきました。

最近は、感がある友達と一緒にいることが多いです。

 

中学校の同級生で、同窓会で仲良くなりました。

それからエネルギーの話や龍の話を夜中まで喋って、仲良くなりました。

 

八大龍王さんに行ってみたい、というので私も一緒に行くことに。私は龍が好きなので、八大龍王さんに呼ばれた感じがしたのです。

 

神戸から車で片道2時間です。のんびり行きます。

すると、空に龍雲が!!!

「うおおおおおお!すげえ!!でっか!!!」

思わず写真を撮りました。

 

どまん中に大きく龍の顔、分かりますか?

こんなに大きくみえるのも珍しいですね。

他の車の人は気付いているんだろうか?

 

ということで到着です。

9月後半なのに真夏日です。汗だくです。

 

狭井神社へお参りして、三輪山へ登りました。

山全体がご神体で、黒龍さんらしいです。

 

受付は昼12時までで、ぎりぎり間に合いました。

約1時間の登山で、山頂にある磐座へお参りしました。

登山道から磐座はすべて撮影禁止でしたので、写真はありません。

 

次は、八大龍王さんへ。

 

狭井神社から徒歩10分くらいの池に鎮座しておられました。

池の向かいの岸に、鳥居とお社がみえます。

手前にある八大龍王さんを祀っている建物に入りました。

この神社を守っておられる方にお話をききました。

何十年もここを守っておられる方でした。

 

話の流れで、龍神祝詞をあげていただけることになり、奥へ上がらせて頂きました。

 

龍神祝詞を上げて頂きます。

手を合わせて祝詞を聴いていると、祝詞の終わり際に、向かいにある八大龍王さんの赤い鳥居の方向から、白と金?の二本線が私に向かって来ました。

 

後から友達に聞いたら、おそらく龍神さんが入ったんだとおもう、との事でした。

今、私と一緒にいてくれている龍は、青龍の凪ちゃんと、体に長い綺麗な毛が生えた白龍さんです。

 

一緒に仲良くしてくれたらいいな~なんて思ってます((´∀`))ケラケラ

 

今日もらった御朱印です。

 

龍が見えるとか見えないとか、あまりこだわりは無いです。

感じ方、見え方も人それぞれなので、その人がそう感じたなら、そうだと思ってます。

 

見えるから偉いとかすごいとか、そういうのも無いです。

 

自分を整えて、毎日健康に幸せに、機嫌よくご機嫌に♬過ごすことが一番の開運だと思ってます。

 

ということで、奈良の黒龍さん(三輪山)と八大龍王さんへの参拝でした。

 

どこかの神社へ参拝した時や、何か変化があればブログに残そうと思ってます。

きままに書いていきますね。

 

 

読んで頂いてありがとうございました。