「花咲くや今十八の鬼あざみ」一茶

この写真が鬼アザミなのか確証はないが、60種ほど日本にあるアザミの種類には、まちがいないようです。


「武蔵野にはびこるほどの鬼あざみ 今日の暑さに枝葉しおれる」   


こちらの鬼あざみは、上方落語の人情噺に出てくる盗賊の頭の呼び名で、その辞世の句です。

盗賊の名にふさわしく、目つきの悪い虫を恐る恐る撮って見ました。正しく武蔵野のあざみであることは、撮影者本人が保証します。

虫に刺されるか、別名「刺草」といわれる棘に刺されるくらいなら、多少の我慢はいたしますが、

秋葉原のような無頼漢の「刺し」には、言語道断。我慢の限界をこえているなどということすら、

我慢できない出来事です。

「御宿かわせみ」は、NHKテレビでも一時期放映された平岩弓枝女史の未だに連載されている時代小説シリーズです。かわせみというとすぐこの小説の題名を連想します。

昨夜から降り続いた猛烈な雨もやんだので、久しぶりにカメラを首にぶら下げて公園散歩に出かけました。

すれ違った通りすがりの女性から、「鴨の子が孵ったようで、池の方にカメラマンが群がっていますよ」との情報を得て、なんとなくそちらの方に出かけました。期待に反してコガモらしき姿は見当たらず、ただ、大きな望遠レンズをつけたカメラマンが数人、カメの甲羅干しの姿をとっていました。コガモをあきらめてジャーマンアイリスでも撮って帰ろうかと、思った矢先に、写真のような小鳥が、池のふちに止まりました。「かわせみ」です。見事に池の小魚を水面滑降して獲ってくれました。東京にだって自然に育った「かわせみ」がいるのです。また明日からの散歩にたのしみが加わりました。



父が91歳で他界し、母の要望もあり91歳になろうかとする母の手を引いて二年ぶりにふるさとを訪れました。

近畿周辺から従兄弟たちがあっまってくれて、楽しく懐かしい話を交わし、至福のときを味わいました。従兄弟たちが、シベリア抑留から復員した無き父を偲んで、舞鶴の「抑留記念館」に連れて行ってくれるというので、私一人、母を置いて便乗しました。

父の遺品を整理していましたら、封筒の余白を綴った自作のメモ帳に、舞鶴に復員船で入港したときの感激を、歌としてメモっていたのを目にしたばかりだったからです。

勿論、そのメモには、その他、ナホトカから乗船し上陸後、検疫その他手続の終了するまでのことが小まめに記されていました。多分、乗船してからクラフト紙を小さく切りそろえて作った世界に一つしかない私にとっては貴重な父のメモ用手帳です。


入港したときに父の詠んだ歌

うれしさに 胸張り裂けて すべもなく 唯見る友の 日の丸の旗


うれしさの 極まるときは これなるか 見よ戦友の うつろなみを



五老ケ岳山頂から見る舞鶴湾の一部