jw研究生として経験したこと、感じたこと、
忘れかけていた事を思い出しています。


大学3年生になった6月の終わり頃でしたが、
2年生の時に取れなかった講義を取り直す為、
伝道奉仕の時間を削りだした頃でした。

研究を司会して下さっていた長老とは、
そのことについて相談していたと思います。




以前、同じ会衆にいて、別の会衆へ移った
姉妹のところへ、仲が良かった数人で
遊びに行ったことがありました。

近況を話し合ったり、励ましあったりして、
和気あいあいの時間を過ごしたと思います。




何故か、その3週間後に、その姉妹から
励ましの手紙を受け取りました。

誰かから、私が霊的に沈んでいるとの噂を
聞いたようでした。
または、誰かから私への助言を
頼まれたのかも知れません。


私が霊的に沈んでしまった時期は、
その年の冬だったので、
まだ、手紙を貰ったときの私は、
霊的に沈んでいた時期ではありませんでした。

大学卒業へ向けて、奉仕時間を削り出していた
時期だったので、私がいた会衆の中で
変な噂話になっていたのかも知れません。

たぶん、その手紙への返事として、
私の状況を書いて手紙を出していたと思います。


この一件で、
伝道奉仕の時間を減らしたことによる
自分への罪悪感が沸き出してきて、
会衆内での目を気にしだしたかも知れません。

偶然、通学の電車内でその姉妹に遭った時、
お互いに、鞄に携帯していた聖書を見せ合って
大丈夫!って笑ったこともありました。


その時は、何も気にしていなかったと思います。
今、振り返って、冷静に考えてみたら、

手紙に書いてある内容や言い回し方が
「ものみの塔」誌や「目ざめよ!」誌のそれに
似ているように感じられました。




ここからは私の妄想ですが、

私が霊的に沈んでいると耳にした姉妹は、
霊的な助言をするために、
過去の冊子の記事から助言の例を探し出し、
その例を使って手紙を書きあげたのかな?

な~んて思いました。

文章は、しっかりと書かれていて、
100点満点の文章だと思います。

もしかして、誰かが添削してたかも(笑)


その姉妹は、別の会衆に移ってから、
きっと、忙しい毎日を過ごしていたでしょうに、
面倒な依頼をされてしまい
大変だったと思います。


私が本当に霊的に沈んでいた時期には、
助言の手紙を受け取ることはありませんでした。

必要のないときに、変な噂を立てて助言したり、
本人が本当に必要としていたときに放置って、

本当の隣人愛を持った行動っていうより、
見せかけの隣人愛に振り回されて
行動していたのかなって、今は考えちゃいます。

助けられなくて、結果オーライでしたけど・・・