調子が悪くなって
病院に掛かるのは嫌なものです。病気や困難な状態になった時に、
今がどんな状態なのか分析してみると
間違った考えに陥り難そうだと
いつものご住職が語っていました。

自分ではどうすることもできない状態に
自分がなった時、
私たちはどんな過程を経て、
その状態を
受けいれられるようになるのか・・・・・・。
多くの患者の心の過程を分析し、
その後ホスピスをはじめとする
多くの医療の現場で
多大な貢献をした研究成果に、
女医のキューブラー・ロスが
提唱したモデルがあります。
第1段階は否認――
こんな病気になるはずがない、
誤診に違いないと否定する時期
第2段階は怒り――
なぜ他人ではなく自分が
こんな病気になったのかという不条理や
不可解を怒りとして周囲にぶつける時期
第3段階は取引――
なぜこんな病気になったのか、
あれがいけなかったのか、
これがいけなかったのかと
辻褄合わせをし、
病気を治すために何かに
すがろうとする時期
第4段階は抑鬱――
なす術もなくあきらめ、
気力がなくなる時期
第5段階が受容――
自分の病気や死を受けいれる時期
前述の通り、
ロスのモデルは
多くの医療現場で活用されていますが、
これを医療従事者の間だけが
知っているのでは、
じつにもったいないと思います。
不治に限らず病気になった時に、
この心の過程を知っていれば
自分が今、
どの段階にあるのか
分析するのに役立ちます。
私の場合、
できればいきなり
第5段階へ進みたいと
思っています。
そうすることで、
今何をすべきなのかが見えてくるからです。
どうしてこんな病気になったのかと
辻褄合わせをしたり、
「これをしますから病気を直してください」と
取引したりするより、
早々に病気を受けいれて
どんな治療をすればいいのか、
病気の間どのように有意義に過ごすのかを
考えたいと思うのです。
蛇足ですが、
第3段階にいる人は、
カルト教団も含め、
宗教の世界に足を
踏み入れることが少なくありません。
これは病気だけでなく、
貧しさや裁判などの争議でも同じことで、
新しく台頭する宗教は
“貧病争”の渦中にいる人を
ターゲットにする傾向があります。
こうした信仰形態は、
貧困・病気・争議を解決してくれる
ナニモノかを本尊にします。
つまり、
自分のご都合の裏返しを
神や本尊として拝んでいるのです。
仏教の苦への対処法である
「自分のご都合通りにならないことを
ご都合通りにしようとしない心を養う」
とは逆です。
病気になってしまった時でも
「心を磨くチャレンジだ」と
思えたらいいですね。
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病気や困難に遭遇すると、
焦って、
直ぐに解決できそうなことに
目が行きがちです。
本当の解決法があるにもかかわらず、
安易に、
間違った方法に目を向けないよう
心はいつも冷静で居たいものです。