無庵日録 (1099) 必然と偶然 | 無庵日録

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 会津八一先生の「学規」を規範としたい。▲ふかくこの生を愛すべし▲かへりみて己を知るべし▲学芸を以って性を養うべし▲日々新面目あるべし

2024/02/24

 三木清「人生論ノート」の<希望について>に、偶然と必然の観方がある。「人生においては何事も偶然である。しかし人生においては何事も必然である。偶然のものが必然の、必然のものが偶然の意味を持っている」

 

 自分は「偶然と思えるものも、必然の一部である」と受けとめている。人類としての人間は基本的に他の動物と同様に必然的に生きて、老い、病んで、死んでゆく、仏法はその「生老病死」の必然性を、そうなる様になっていると説いている。

 

 何故こんなことを考えるのか、人生に何があろうと無かろうとそう受けとめる方が自然であり気楽さがある。人生の喜怒哀楽の内容もすべて必然の一部であると受けとめる、それを以て行動してゆくなら必然の観方が変るだろう。

 

 七十代から八十代にかけて遺伝子の働きを学んだことで、この

「生老病死」も生命の設計を担う遺伝子の意図をあらためて分かった気がする。遺伝子の設計には生命を維持する期間が過ぎると生命を終らせる働きがある。