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SM小説

酒を飲みながら書く小説

 きっと定時きっかりに席を立つため、十分前には帰る支度を始めているはずだ。支度といってもオフィスからの持ち運びを許されていない物がほとんどだから、鞄の中は手帳と折り畳み傘くらいなものだろう。同僚へ「お先です」の言葉も粗相にして、真っ先にエレベーターホールへ向かうだろうか。


 下降のボタンを押して、他に誰かが後から来ないか、そして中には誰も乗っていないでくれ。そんな風にできるだけ可能な限り、人との接触を避けて、会話を避けて、帰路に入るはずだ。


 帰路と言っても真っ直ぐ家に戻ってくるわけは無い。馴染みの定食屋で夕食を取るだろうか? ちょっと早い晩酌をお気に入りのバーで嗜むだろうか? それともあの女と待ち合わせをして、適当なホテルにでも消えるのだろうか?


 今日の身形は、キートンのスーツにグレーの帯を占めていた。クールビズが始まるこの季節に、内職が9割9部の人間は何故そうするだろう? 答えは至ってシンプルだ。夜に誰かと会うからに決まっている。そしてそれは異性の女である確率が、9割9部9厘という驚異的な確率を叩く。


 奴は今頃、その女にしか見せない特別な表情と会話で接しているか、既に肉体を重ねている頃だ。世間的には少し速いペースだが、そうしないと帰りが非常に遅くなる。そのリスクと日常の穏やかな暮らしを天秤にかけるわけだ。


 ほろ酔いになった頃、部屋に戻るといつもと様子が違うことに気づく。部屋は真っ暗で人気がしない。手探りで明かりを付けようとするも、付かない。ブレーカーのスイッチ自体が落ちていることに辿り着くまで数分掛かるはずだ。


 やっと灯りに辿り着いた時、最初に飛び込んでくる映像が、ベットに横たわる血まみれの女。もちろんそこは赤い液体塗料なわけで、別に低予算でトマトケチャップでもいいのだが、念には念をで臭いや粘性の違いを気づかれる可能性をゼロに近づけよう。


 呆然とした顔でその遺体を数秒見つめている。何か声を掛けるわけでもなく、体に触れるわけでもなく、ただただ辺りを見回す。数分してようやく近づいてきた奴を目掛けて、笑顔で突き刺す。包丁でいいだろうか? いや、後々使えなくなって勿体無いから工作用カッターにしようか。しかし刃が折れて致命傷に至らないと全てが台無しになる。ここは市販されている小型のナイフにしておこう。殺傷能力は十分であろう。


 遺体は浴室に張ったホルマリンに漬けて、死臭の広がりと皮膚の腐敗を防ぐとしよう。肉体を少しずつ切断し毎日海中に投棄しよう。環境と魚には申し訳ないが、発見される前に餌として食されることだろう。


 実行はいつにしよう。よしっ


 ここまで読んだ時、

「あなた、遅かったわね。一応、冷蔵庫に御飯入ってるわよ」

「あ、ああ。今日はちょっと食欲が無くてな」

「あら風邪? だめよ元気でいてもらわないと困るわ」

 と話しかけられた。


 寝床に付いている妻は、いつもと何も変わらぬそぶりで、目を擦りながら話しかけてきた。旦那の殺害計画の下書きを、机の上に置いたままであることが彼女のミスだったのか、わざとだったのか、彼女を殺してしまった今、知る由は無い。