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SM小説

酒を飲みながら書く小説

「おはよう」

「喉飴は、ネブソクかもしれない」

「うん、眠いかも……今日は御飯作る時間無いや。ごめんね、緑蛙」

「外で虫をつかまえるから、ダイジョウブかもしれない」
「うん、わかった。じゃあ、行ってくるね」
「行ってくるかもしれない」


 家から百メートルも歩けば、大きな国道にぶつかる。昼夜、交通量が多く、冬の季節はその騒音が乾いた空気に運ばれて、家まで聞こえてくる。

 高速道路が国道の上を交差していて、その忙しさはより強調されている。排気ガスや粉塵が多数舞っているんだろうな、と喉飴はいつも思う。

 最寄り駅までは10分ほどで、ここから一駅だけ離れた横浜駅で降りる。北西口を出れば、事務所は目の前だ。平日の昼は、弁当屋さんが路上に出ていて、サラリーマンやOLが賑わっている。こんなオフィス街にAV女優の事務所があるとは、誰も考えないだろう。


「おはようございます」、喉飴は昼だが”おはようございます”と言った(そういう決まりだからだが)。

「おお、二回連続遅刻なしとは珍しいね」。高草は振り向いて、口から煙草の煙を吐き出した。

「あっ! やっぱりここにあった」、喉飴は玄関の傘置き場に挿された、オレンジ色のビニール傘を指差した。

「そうそう、一昨日は家まで送っちゃったから、そのままだったね。昨日は天気が悪かったから、ちょっと気にしてたよ」

「それが、色々あって、濡れませんでした」、厳密には少し濡れたのだが。

「そうかそうか、それはよかった。今日のスケジュールはと――」


 高草の高級車に乗り込み、エノキポケットのスタジオに向かった。

「高草さん、この間の撮影、尺が足りなくてさ。もう一回喉飴ちゃんをお願いできないだろうか?」と亀頭から電話が入っていたらしい。

 高草の車は左ハンドルなので、喉飴は国産車であれば運転席の右側に座ることになる。喉飴は運転免許を持っていないので、いつもこちら側に座ると緊張し、脇が少し汗で滲む。

「今日は絡み無いから簡単だよ。尺を伸ばすためにインタビューとか入れるんだとさ。まあ、AVのオープニングとかによくあるやつだよ」

「はあ」

「まあ、聞かれたことに対して、思ったことをそのまま言えばいいさ」

 喉飴の家から伸びている高速道路の高架下を突き進む。桜木町、関内、元町と突っ切ると、スタジオが見えてくる。高草は煙草に火を付けて、窓を少しだけ開けた。やっぱ里美と同じ煙草だ、と喉飴は思った。


「西の空がしずかになったかもしれない。もうチャクチしたかもしれない」、緑蛙はハニーワームを口に入れ、むしゃむしゃ頬張った。もう一匹食べたいが、ハニーワームは高カロリーだからと緑蛙は我慢した。


「おお、喉飴ちゃん。こんにちは! 今日もよろしくね」

「よろしくお願いいたします」

 スタジオに着くと、しわくちゃの顔で亀頭が挨拶してきた。後ろには、お馴染みのスタッフ陣も見える。喉飴はいつも通り、まずメイクルームに入り、化粧と着替えを済ませた。


「あれ、今日は精治さんが見えないですね?」、喉飴は鏡越しにメイクの美鈴に質問した。

「ああ、精治君は風邪で休みよ。昨日の嵐にやられたみたい」

「へええ、そうなんですか」、喉飴は白々しく話を合わせた。このスタジオに居る誰よりも、精治の状態が想像できたのだが、知らんぷりした。


 撮影(インタビュー)は高草の言うとおり、数十分で終わり、NGもなく一発で終了した。喉飴は、これだけでいいのだろうか? と思った。

「喉飴ちゃん、ちょっとちょっと」と亀頭が手招きした。

「何ですか?」

「これよかったらあげるよ」、それは一枚のDVDだった。「一昨日撮影したやつが、もうできたんだ。自分で見てみなよ。自分のプレイを見返すと、今後の勉強になるよ。まっ、あまり文句の付け所は無かったけどね」、亀頭の顔がしわくちゃになった。

「ありがとうございます。帰ったら見てみます」、喉飴はそれをバッグに入れた。普段、緑蛙が入るスペースに入れた。

「もちろん、今日のインタビューシーンは入ってないけどね」、亀頭はそう言い残して奥へ消えてった。


 自分のプレイにはあまり興味が無い。でも精治君と交わっているところを見たい、喉飴は正直にそう思った。

「喉飴ちゃん。知ってる? 一昨日の事件」、衣装の花園が話しかけてきた。心の内を聞かれたと思って、ビックリした。

「えっ、一昨日の事件? い、いいえ、何かあったんですか?」

「実はね……一昨日、ここに来る予定だった、男優の極太が死んだそうよ。死因は謎で、殺されたんじゃないかって」、花園は住宅街で世間話をするおばさんのように話した。

「ええ! 本当ですか!」

「しー。声が大きいよ、喉飴ちゃん。昨日警察の捜査がうちにも来てね、そのせいで皆帰りが遅くなって、カリカリしてるんだから」

 昨日NESTで何気なく目に入ったニュース。あれが極太さんのことだったんだろうか、そして精治君はその捜査の後、嵐に巻き込まれてNESTに来たのかな? 喉飴は昨日を振り返った。

「喉飴ちゃんの事務所にも、警察来るかもよ? 本当に面倒臭いったらありゃしないんだから」

「わかりました。覚えておきます」


 スタジオを後にして、今日も家まで高草に送ってもらった。その様を見れば、二人は恋人なのかもしれないと周囲は思うだろう。蛙の証言はアリバイになるのかな? と喉飴は思っていた。


「ただいま」、しかし緑蛙はいなかった。

 キッチンの窓に備え付けてあるカーテンが揺れている。どうやら緑蛙はランチから戻ってきていないようだ。

 喉飴はまずテレビを付けて、ソファーに腰を下ろした。

 花園の言葉が気になってニュースを見たが、極太のニュースは取り扱われていなかった。死因がわかったのだろうか? 犯人(他殺なのであれば)がわかったのだろうか?

 次に喉飴はバッグからDVDを取り出し、テレビに挿入した。喉飴のテレビは、VHSとDVDがレコーダー無しで見れる製品だった(地デジ対応はしておらず、画面右上には”アナログ”の文字が映っている)。

 エノキポケットのロゴが画面の端から現れて、クルクル回転している。

 数秒後、自分のドアップ静止画に”近親相姦の臭い”と表示された。

「ひええ、精治君と姉弟なの!」、喉飴はたまらず声を漏らした。

 プレイ、チャプター、インタビューと画面下方に表示されている。インタビューは亀頭の言うとおり反応しなかった。喉飴は恐る恐る、リモコンの再生ボタンを押した。プレイの文字が白から赤に変わり、画面が切り替わった。


「自分のプレイを確認かあ……」

 考えてみると喉飴は自分が主演しているAVを始めて見た。さほど興奮はしなかったが、恥ずかしい気持ちが怒涛に襲い掛かってきた。

 自分のSEXを自分で見ても、変な気分が沸いてくるだけだった。精治の股間にはモザイクが入っており、その様を確認することはできなかった。喉飴はそこで、昨日の夜を思い出し妄想した。

 少しずつ女陰が濡れだし、興奮状態になった。

「Hなビデオをみているかもしれない」、窓の冊子に緑蛙が立っている。喉飴の乳首も勃起している。

「あ、ちが、これはただ、あの、その……」、喉飴はもごもごした。喉飴を口に入れたときのように、もごもごした。

「オトトイのサツエイをカクニンしているかもしれない」

「そうなの! 監督さんに言われたんだ。自分のプレイを確認すれば、今後の勉強になるよって」

「モクテキはちがったかもしれない」

「ち、違わないし!」、必死になっている自分を冷静に捕え、喉飴は恥ずかしくなった。

「オナカがいっぱいかもしれない」

「何食べたの?」

「ショウジョウバエかもしれない」、緑蛙はハニーワームとミルワームをたくさん見つけて、夢中で食べてしまった。だから、低カロリーなハエを食べたと嘘をついた。

「あら、珍しい」

「エライかもしれない、喉飴はエロイかもしれない」

「うう、まあ、認めよう」


 ピンポーン。ピンポーン。コンコンコン、コンコンコン。喉飴の喘ぎ声が響く室内を、インターホンとノックの音が重なって響いた。

 緑蛙は所定の位置に身を隠した。喉飴はテレビを消して、玄関へ駆け寄った。ドアを開けるとき、オレンジ色の傘をまた事務所に忘れたことが気になって、小窓を覗かなかった。