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SM小説

酒を飲みながら書く小説

 川底はヘドロに覆われ、空き缶やナイロン袋などのゴミが大量に埋まっており、顔だけ水中に出している。

「お前も底においで、楽になるよ」

「いや」

「いいからおいで、楽になれるよ」

「いやだ」

 水中の黒い液体を掻き分け下流へ進んでいく。進めば進むほど、さっきまでとは違う肌色の何かが顔を出している。ワカメのようにユラユラ揺れていない。サンゴのような輝きはない。それは太い棒の先に五本の細い何かが伸びている、肌色の物体だった。

 それは手と足だった。人間の体がヘドロに埋まり、手足を水中に出している。異様な世界だ。

「喉飴。こっちは楽なんだぞ」

「いいや」

「もう二度と会えないかもしれないぞ」

「それでもいや」

 一本の手首が、物凄い速さで伸び、喉飴の足首を力強く掴んだ。この世のものとは思えない凄まじい力、怨。


「はっ!」、喉飴は不思議で薄気味悪い夢から目を覚ました。それは黒い川を泳ぎながら死者と会話する夢だった。

 喉飴は、強烈な息苦しさを感じた。酸素マスクを付けていて、全身に大量の汗をかいており、病室のベッドに横たわっていた。

「喉飴!」、涙目の里美は、喉飴の体に抱き付いた。

 里美の格好を見て、彼女が如何に急いでここへ来たのかを喉飴は知った。

「あはは、それじゃあどっちが病人かわからないよ」、喉飴は、泣いているパジャマ姿の里美を笑わせようと努力した。

「馬鹿! すっごい心配したんだから!」

 里美の顔は安堵と怒りと心配が入り混じって、複雑だった。型の合わないジグソーパズルを無理矢理はめ込んでしまった、普段の里美からは想像できない、そんな崩れようだった。

 喉飴は、記憶を辿ろうとしたが、うまく思い出せない。

「里美、何があったかわかる?」、シャックリが止まらない里美の背中をさすりながら、喉飴は聞いた。

「いっ、いっ、何も覚えてないの? ひっ。あんたが倒れたって連絡が入ったからさ。ひっ」

「連絡?」

「喉飴の最後の発信履歴が私だったから、いっ」

「そうだったんだ」、喉飴はそこで初めて全身に痛みを感じた。両手首に包帯が巻いてある。

 酸素マスクを外して、布団を除けると、両足首と両太股、そして首にも包帯が巻いてあることを確認できた。あの男……どれだけ切りつけてんのよ、喉飴に怒りが沸いた。

 それから三十分ほど、室内には里美の泣き声が聞こえていた。喉飴もつられて涙がこぼれた。


「里美、お店は大丈夫なの?」、里美の呼吸が落ち着いたのを感じて、喉飴は会話を開始した。

「こんな時に営業できるわけないでしょ! ちゃんとうちの優秀なスタッフが見てるわよ」。さすがは里美だ、と喉飴は思った。

「あんた、悩んでたんなら相談しなさいよ。親友でしょ?」、里美は強い口調で喉飴に言った。

「え? 悩み?」

「あの高草とかいうやつ、本当に許せない!」、里美は隣の空いているベッドを蹴った。

「えっ、えっ? 待って。何なに? どういうこと?」

「喉飴、わかるよ。恐怖で錯乱してるんだよね。大丈夫、あんたは私が守る」

「ちょっとまって、高草さんがどうしたの??」、喉飴は背を起こした。

「駄目! 寝てないと傷が癒えないんだから」

「里美、高草さんがどうしたのよ!」

「あんな男に”さん”なんて付けちゃだめ」

 何か、話がおかしくなっている? 喉飴は不安になった。

「里美、私に危害を加えた男は捕まったの?」

「ええ、あなたの部屋で逮捕されたそうよ」

「そ、そっか。よかった」


 その後、喉飴は色々里美に質問したが、里美は喉飴の安否を気遣い、今日はとにかく寝なさいと促した。

 私が見た(聞いていた)事実と里美の話しから出る回答は、あまりかみ合っていないことを、喉飴は気にしていた。しかし里美には詳細が教えられていないように感じたし、どちらかといえば休息が必要なのは里美の方だと思った喉飴は、里美に感謝と今日は休むことを伝えた。

 里美は名残惜しそうにしていたが、深夜の病室から出て行った。「元気になったら、復活祭やるからね」という里美の言葉が胸に染みて、喉飴はまた泣いた。


「喉飴、シンパイした」

「わっ!」

 ドロドロに汚れた緑蛙が、喉飴の体に飛び乗ってきた。”かもしれない”を語尾に付けないこと、話せるカエルこと緑蛙を知っている里美からも姿を隠していたこと、この両面から事の状況を察した。

「里美の話は本当なの?」

「半分あっていて、半分まちがっている、かもしれない」、緑蛙は思い出したように、語尾に”かもしれない”を付けた。

「どういうこと?」、急速に周る脳みその自転を、喉飴は早く止めて欲しかった。

「高草はタイホされた。これはホントウかもしれない」、緑蛙は淡々と言ってのけた。

「高草さんが……どうして? 私をこんな目に合わせたのは、あの警官の格好をした男よ。緑蛙も見てたでしょ!」、喉飴は結論を求めた。

「喉飴にキケンをかんじてマドからソトにとびだしたかもしれない。そのあと、高草をよびにいったのはわたしかもしれない」

 喉飴は、それで? それで? という言葉を顔で表現し、緑蛙の会話を催促した。

「セツメイをきくと、高草はあわててジムショをとびだしたかもしれない」

「緑蛙は高草さんに置いてかれたのね?」

「そうかもしれない。家にもどったころにはテジョウをはめられる高草がたちふしていたかもしれない」

「……」、喉飴の志向が一旦停止した。そして、再び動作を開始した。

「高草さんは、逮捕に従ったの?」

「高草は家でなにもかたらなかった、かもしれない」

「本当の犯人は?」

「スデにそのばにはいなかった、かもしれない。それ以上のことはしらないかもしれない」


 事実がすり替わって、誤解が生まれている。私に危害を加えた男は、私に話したとおり逃亡し、私を助けに来た高草さんは逮捕された。里美は、完全に高草さんを疑っていた。それは世間一般にそうやって報道されてしまうという意味になる、と喉飴は考えた。

 一体、あの後、何が起こったの? 短時間で起こる目まぐるしい非日常を、喉飴は整理できなくなった。体力も思考も限界だった。

「里美のいうとおり、今日はねむったほうがいいかもしれない」、緑蛙は喉飴の胸の上でピョンピョン跳ねた。

「う、うん、そうだよね。今日は寝ようかな。でも寝れるかな?」

 喉飴は、再び布団を掛けて横になった。目を閉じて、今日の出来事から目を背けようとした。その時、犯人の言葉が頭に響いてきた。

「誰も疑わないさ、跡が残ってたって。そんな撮影をしていないと証言してくれるスタッフもこれから死ぬから安心しな」

 喉飴はベッドから飛び降り、病室の外に飛び出した。