こんばんは。

 

年少年中で目に見えた成長はありませんでしたが、

(運動上手になった、絵が上手、字が読める等々全くなし)

 

お友達への関心も少しずつ持ち始めてきました。

 

 

年長になった息子は、

 

 

相変わらず、幼稚園では集団行動参加しない自由人。

 

 

周りのお友達は文字や数字を覚えているけど息子は全く興味なし。

 

 

習い事のスイミングでは、潜ってジャンプしてマーライオンみたいに

口から水を出すの繰り返し。

 

 

泳ぐところか、順番待ちの列で前の子が進んだから詰めるも分からず

何度か順番スキップ。

 

 

療育でも一人だけ走り回り先生に止められたら椅子を投げる。

 

 

周りのお友達との違いが少しずつ顕著になってきました。

 

 

私は、持病や発達の問題を解消しようと

 

 

薬膳、発酵、栄養療法、サプリメント…

 

 

薬を使わずに、根本的に改善しようと良いと思うものは

 

 

ここに来るまで3年間試していました。

 

 

それぞれ良い学び、出会いがありましたが、

 

 

育児には自信持てず、何となく不安で暗―い日々を送っていました。

 

 

息子は穏やかな性格だけど、特定のお友達にだけなぜか好戦的。

 

 

保護者会で語られる子供たちの成長は、どう考えても息子は当てはまってない。

 

 

遅延型アレルギーで食べ物がかなり制限される生活をさせている事に

夫に非難される。

 

 

義実家では従兄と喧嘩して息子だけ悪者にされ、義理両親からも

親子とも非難される。

 

 

そして夫婦喧嘩多発。

 

 

旅先でも喧嘩。

 

 

外食しても喧嘩。

 

 

子供の幼稚園や習い事の場所でも喧嘩。

 

 

夫からも、私の人間性や子育てについて非難され、

 

 

我が家は、暗――――い負のオーラで覆われていました(笑)

 

 

子供からも「お母さん笑って!」とよく言われていました。

 

 

ある時幼稚園のお友達のお祖母ちゃんと話す機会があり、

 

 

「外から見ると幸せに見えても、本人は違うのね」

 

 

と言われました。

 

 

当時の私は、周りにある豊かさを自ら拒否し不安の世界の中に

自らを置いていたのかもしれません。

 

 

ちょうどこの頃に運命的な学びに出会いました。

 

 

「発達支援コーチ」

 

どのような学びかというと

 

 

生まれた時に誰もが生きるために持ち合わせた原始反射。

 

 

赤ちゃんが成長する過程で必要がなくなり統合(消失)されていきます。

 

 

発達が凸凹の子には、原始反射が色濃く残存していると。

 

 

この理論に当てはまると今まで理解できなかった息子の行動が理解できました。

 

 

講座で教わった「答えは子供が持ち合わせている」に従って

 

 

子供がやることを制限せずやらせました。

 

 

私の途方に暮れていた子育てにようやく軸ができてきました。

 

 

そこで一番印象的だったのは、

 

 

「発達障害の子育てでまずは変わるのは母」です。

 

 

よく言われる「育て方が悪いから発達障害になった」とは全く違う考えです。

 

 

母の在り方を整えるという事です。

 

 

しかしこの頃の私は、この言葉が頭では理解するものの

 

 

「こんなに頑張ってきたのにどこがいけないの?」

 

 

という思考が頭に強くありました。

 

 

と同時に「私自身何か違う」と

 

 

うすうす気がつき始めた頃でもあります。

 

 

(続く)