出会った人たちがまたすれ違っていく。これはとても自然なことなのだな。執着しなければ自然に手を離せるものなのだな。1年前の自分と比べると、すでに親しく頻繁に会う人が変わっている。

引っ越してからはやっぱり古くからの友人はすぐ会える距離にはいないので、出会っても、またすぐ会わなくなるかも、と思うことは寂しいけど。このサイクルはこれからはもっと短くなる気がする。東京に来てからは特に自分の変化が目まぐるしい。

 

帰宅してから寝てしまった。そして今起きた。これはどっかで吸い取られたサインだのう。あかん。今からお風呂に入ろう。

 

私にひっつく黒いやつは嫉妬でほぼ間違い無いのだろう。ぎょえー、なぜに、そんな、とは思うよね。でも「ひと現場終えて帰ってくるたびに強くなってる」と言ってくれる人がいるので心強い。今はきっとそうやって鍛えられている時期。

 

冬の間にベランダの観葉植物を部屋の中に置いていたのだけど、春が来たから外に出したら、夫が「寂しい」と言ったので、今は室内で多肉植物を育てています。ぷりぷりして可愛い。

 

「こんな丸い会話ができるまでに、彼らがどれだけのものを育ててきたのかを考えると気が遠くなった。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

なんやざわつくなあってことがありました。Facebookでつながりのある人が、嘘ばっかりつくの。でも詰めが甘いから必ず嘘が見え見えなの、Facebookで。嘘が見えるのはさすがにいい気はしないので、facebookのフォローはもういいかな、と思い、そろりとフォローを外しました。そしたらインスタでもつながっていたみたいで、また一個、つじつまの合わない投稿をしているわけですよ。み、見たくないよう。というわけでインスタのフォローも外したった。ああ、嘘だったんだなあ、とは分かりたくないもんだ。自分に関係ないとこと嘘をつくのは放っておけばいいんだけど。彼女と私とのつながりは根本的に嘘に始まっている。私には彼女からの誠実さは感じられなかった。信頼できない。ここだけは大人になれない。

嘘は嫌い。良いか悪いかを裁くことはしないけど、好きか嫌いかは言ってしまう。嘘は嫌い。でも自分も毎日小さな嘘をたくさんついています。この前買ったネイティブアメリカンは値段で夫に嘘をついたよ!小さくもない嘘だ!

 

「自分の内側ばっかり見ていた。でも外を見るようになったら、外が助けてくれたんだ。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

朝練で「1つ仕事が終わって帰って来るたびに強くなってる」と先生に言われました。先生は御託宣みたいなことを言うことがたまに、いやよくあります。今回の現場もいろいろきつかったからね、打たれたけど立ち上がるしかないからさ。強くなれてるならもうそれでいいや。

 

友達のZは、婚約寸前だった恋人とわりといやな形で別れたことがある。でも実は私はそれでホッとした。Zは、ひとりの時は本当に生き生きとして面白い人なんだけど、そしてたいていはシングルなんだけど、恋人ができるとその輝きがぱたっとなりをひそめる。なぜなんだろうと思っていた。でも幸せならよかったなあ、と思った。恋人からいろいろと制限されているみたいだった。私も会えなくなっていった。だから、やっぱり結婚をやめた、と聞いた時、じゃあまた遊べるねえ、と思った気がする。

彼女が結婚した人は、結婚前にも愛人がいた人だった。でも別れたと言っていたらしいし、本人が納得してるんなら、まあいいよね、と思ったけど、Zからはやっぱりシングルの時の輝きはなくなっていた。そして、案の定というか、男が別の愛人を作って、出て行った。友達はまた輝きを取り戻した。ここには書かないけど、こういう場合のわりと最悪な方のパターンのいろいろがあったみたい。だけど、彼女はやってのけた。私は同じ状況でもあなたみたいにうまく対処できる気がしないよ、と私が言ったら、「ううん、でもあいつ、クソみたいな男だったし。本当は結婚してからすぐにもうクソだって分かってたんだ。でも、途中で投げ出しちゃいけないって思って、だからもう少し頑張ってみたかったんだけど。結局さいごは私が振られた形だったんだよ」って。「でもあのおかげで、自分はなにがあっても大丈夫、必要な時は差し伸べてくれる手もあるし、なんか絶対大丈夫なんだって確信を得たことがすごくよかった」と言っていた。

彼女が彼女のいいところを損なわずにいてくれて本当によかった。一番しんどいときはやっぱり誰にも言わず、私ときたらパニック症候群になった彼女を笑わせすぎてかえって発作を起こさせてしまっていたらしい、と後から聞いたほど、なにもしなかった。「いつもと変わらず接してくれる人もそれはそれでありがたかったよー」と言ってるけど。いっぱい悩んで、できること全部して、言いたいこと全部言って、さっぱりして自分で終わらせて、元の自分に戻って前に進んだ彼女になんかありがとうって気持ち。

 

誰かが本当は持っている輝きを失っている時、「誰がそんなことをあなたにしたの!」と思う。もっと怒ればいいんだよ。爆発していいんだよ。抑え込まないで。誰かのために我慢なんてする必要なんて一切ないから。それから、あなたの中の輝きを、思い出してほしい。それだけは、あなたが守ってほしい。あなたに何があろうとも、あなたの中には宝物がある。それがあるからあなたの周りには、ちゃんと奇跡がたくさんある。

 

「宇宙のように深く、爆発するような生き生きとしたきらめきがそこにはあった。私のもやもやはそれを見たらすかっと晴れた。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

 

最近の仕事で(ボディワーク関連です)、多くの人があまりにも頭でっかちになって、その頭に支配されて、からだが全然ついていっていない様子がみうけられます。専門用語に振り回されて、それをからだで感じるところを後回しにしているの。それは本末転倒ではないかと思う。そもそもからだありき。レクチャーを提供する側は、自分のからだで感じたことをデータで立証しているから話す内容は説得力を増すわけだけど、受取手は、まずそこに意識をむけないと、その情報はガラクタ同然、むしろからだにつながる上では邪魔だと思うんだけど。からだでなにかを感じて、それがなにかが知りたい、から始まり、自分で探る、こうではないか、という仮説を立てる、その時にたまたま近いテーマをみつけたからレクチャーを受けてみる、そこで確信を得る、このプロセスこそに価値があるのに、昨今では、まず情報が欲しい、情報を手に入れる、それは正しいはず、なぜなら証明されているから、から入り、言葉で手に入れた情報を言葉でこねくり回してああでもないこうでもない、となる。頭では納得できても、これでは感じるものも感じられないでしょう。

心とからだをつなぐことを目的としているはずなのに、頭から入ったらかえって頭から抜け出せないんじゃないかな。

理屈ではない、こうとしか思えない、と感じる自分をもっと信頼できればいい。

 

「流れがあるところには必ずある偶然の光が差してきた。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

コンタクト落としたー!

ここ数日の不測の事態の連発っぷりったら!

ギリギリどうにかなる範囲内での絶妙な攻めっぷり。

 

昨日、友達と「奇跡」について話していた。お尻に火がつかないと行動しない私は(そして行動したら割と動きが大きい)その奇跡に気づくかどうかが勝負だ、とか、「それが見えるようになってきたら実は世の中つねに小さな奇跡の連続だってわかるよね」って。波に乗っていればたくさん見え始める気がする。数年前に割とドロドロな離婚を経験した彼女はドロドロの最中に突然あらゆる不安が消えたらしい(自己流の瞑想のおかげと言っていた。あと、なぜか山奥で暮らしていたので自然との調和にも助けられたと言っていた)。しばらくじっとうちにこもって傷を癒したかと思うと、その後のひらめきっぷりはとても刺激的。日々の奇跡をこまめに報告してくれる。「神様っているわあ」って。

 

「だって、あまりにも人生ってすごすぎる。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

 

お尻に火がつかないと動かない私は「ピンチをチャンスに」なことばっかりかも。なんとか先手を打ってピンチになるのを回避しようとしてるんだけど間に合わないこと多々。

大変だなって思うことがやってきたときこそ在り方を見直すべき機会だから、そこを粘ろうとは思わなくなってきた。一歩踏み出す方がよっぽど怖いけど。でも動けば周りが変わる。物理的に周りの人が入れ替わることもある。例えば今は一年前とはもう違う。過去に執着しないことにも慣れていこうと思う。

いろいろ手を広げてきたことを絞り込もうと決めたらやっぱりある依頼がきた。条件よりも、自分の中で何かが「イエス」と言っている。

 

洗濯機が壊れていたので新しいのを買いました。安いおかげでほとんどポイントで買えたのでよかった。前の洗濯機は十二年選手だったから、新しい洗濯機はどんなにシンプルなものでも十分に素晴らしい機能を備えていると思えるよ。夫は「ナイアガラ」なんとかの機能を欲しがっていたけど、あんた洗濯しないやろう。夫はルンバも欲しがっている。すいませんね、掃除機かけがマメじゃなくて。私が欲しいのはネットの動画でよくタイムラインに流れてくるルンバに乗ってる動物。

 

「あぶないあぶない。もう少しで頭に、考えだけの動きに乗っ取られるところだった。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

 

 

 

 

今までは来た順に片っ端から仕事を受けていたけど、そろそろ選ぶ時期が来たのかなって気がする。誰と仕事をするかってこと。あと少し、あちこちでやろう。そのことで広がる人とのつながりはまだありがたいから。でも、今後は心が違和感を感じない人と仕事したい。そして確かにあるところからの仕事の種類が増えそうな兆しがある。そっちが広がることを願おう。この前買ったネイティブアメリカンのラブラドライトに「この道が間違ってなければ次へ繋いでください」とお願いするといいんだそうな。お願いの仕方としても素敵よね。

仕事でも恋愛でも、昔から、人から紹介されるとあまりうまくいかず、自分一人で出会って切り開いていく方が必ず先につながった。だからか、誰それさんを紹介して欲しいって思ったことない。紹介して欲しいと頼まれたら喜んで(ただし必要に応じて)紹介する。ちょっと居心地悪いけど。

…今気づいたけど、私、紹介するのもされるのも居心地悪いんだわ。もうこれからは気を利かせてつなごうとするの、やめよっかな。だってなんかしんどい。

 

「チャリスの丘に行ってみたいよう」とイギリスに10年住んでいた子に言ったらなぜかキイキイ怒られた。キイキイばかりが印象に残って何を言ってるのかさっぱりわからなかった。多分ニューエイジが嫌いなんだろう、イギリスでもそういうことの印象はあまり良くないのかもしれない、ということしかわからなかった。「花のベッドでひるねして」を読むとイギリスのそのあたりに行ってみたくなっちゃって仕方がないけど遠いなあ。

昨日まで仕事してた子はオーストラリアのバイロンベイの出身。ここはヒッピータウン。今一番仕事でつながっているのはハワイの聖地。そういう場所って、日本ではどこに当たるんだろう。

 

「こんな古い村だから、百年前にもこの時間帯に曇った窓ガラスの向こうに明けゆく空を見ている人がきっといたのだと思えた。夜明け前のこの村は、太古の時代と時間が混じっているような濃密な気配がある。」

 

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

今日で4日間の現場が終わった。

本気で疲れた。やってる時は気も張ってるし大丈夫なんだけどね。アンケートはおおむね良かったんだけど、一人にきになること書かれた。確かに私が全然重要視していないところを指摘され。重要視してるところは上から目線でなんとなく及第点。まあ、いいけどね。1つの意見に気持ちが引っ張られるのよねえ。今までにも人がそこで落ち込んでるのを見ると「平気よ、そんなの単なる一意見よ」とか言ってたけど、自分は気にするちっちゃさ。

今日は朝から変な感じだった。お弁当の用意がほぼ完了、あとはご飯を詰めるだけという時にご飯が炊けていたことに気づきお弁当は諦め。電車に乗って目的の駅に到着したらお財布忘れに気づき駅員さんに相談したらICカードを解約して現金を返してくれたので、お昼ご飯代と帰りの電車賃ゲット。夕方雨がじゃあじゃあふりだしたけど傘がない。でも帰るタイミングで小雨に。水星の逆行、これに違いない。いつまでだっけ。あなどれない水星。でも抵抗はせずに流れには乗れたかも。とりあえず全部どうにかなったわセーフ。

家に着いた頃には疲労困憊してて、今まで寝てました。あかん。お風呂はいってこよう。明日朝は雨だろうから、朝練は休んで1日は思いっきりのんびり過ごそう。明後日からヨガの朝練を復活させよう。

 

「わかる人にはわかるし、わからない人にはわからなくていい。人が一生をかけて本気でなそうとしていることなのだから、かんたんにわかられても困るのだ。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」幻冬舎文庫

 

夜、精霊の守り人を見てる夫の背中に「ちょっと聞いてよう今日は大変だった」と言ったら「はい」といって正座で両手を膝に置いて座る。なんでお説教姿勢やねん。

 

 

明日がRとの仕事のラスト。彼女、すごい。本物のヒッピーのお父さんとお母さんの間に生まれたサラブレッド。私がオーストラリアにいた時はバイロンベイなんて全然有名じゃなかったよプレバイロンベイだよ聞いたことないもの、と言ったら、「あら、その時の方が本物のヒッピーが住んでたのよ。今はだってすっかり観光地でしょ?」って。なるほど。

Rに夫と撮った写真を見せたら「優しい人だ、あなたを愛してるよ」と言ってくれた。でもね、猫みたいなの、今日私を好きでも明日好きかわからない人なの、今この瞬間の感情しか持っていない人なの、と言ったら「だからあなた妊娠しようとしなかったのね!」と大変な確信をついてきた。R、するどい。実はそうなのですきっと。あえて指摘されたことがなかったから自分の中でちょっとうやむやにしていたけど、本当は「安心」ができなかったからなんだな。

 

Rはオーストラリア出身です。しばらくオーストラリアから離れていたけどここにきてオーストラリアが近くなってきた。行くかな。もうすぐ。

 

「それでわかった。重いものがのしかかっていても、人は内面の光を見つめていれば楽しく暮らせるということを。」

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」 幻冬舎文庫