最近はもうずっとFacebookばっかりです。
でも時代はインスタなんですよね。インスタは文章ではなくて写真だから、そっちに移行、とはいかないかな。
ここは本音用に、なんて思ってたような気もしますが、最近どこでも本音っちゃ本音。
ええと。
なんかぶっちゃけてみようかな。なんかあったかな。
(書いてみた。読み返したら、死ぬほどどーでもええ脈絡のないことばかりになってしまった。)
去年の夏に人のネガティヴ攻撃にやられて以来(ぶっちゃけ①)、防御を学んだ一年だった気がします。一瞬の隙を突いてきおる。「あなたの意見は求めていません」と面と向かって言ってやればよかった。あと、「え?おらなんかした?」みたいなとこから敵意むき出し攻撃とかも、あった。ある日の夢の中にバーンと現れて、私があの人を心配してるせい?絶対に理解はできないけど、あれでは死んでしまう、と思ってたから。でも実はあれが攻撃だったのか(ぶっちゃけ②)。
夏の仕事で行った合宿では、ネガティヴ攻撃のせいなんだかなんだか、人生で一番「かつて人だった負のもの」に悩まされて、以降、魔除けグッズが増えて仕方がない(ぶっちゃけ③)。「自分の弱さのせいで招いたのか。しょんぼり」と思ってたけど、魔除けグッズを買いに行った石屋のお姉さまに「そんな反省すら不要」と言われ、それもそうだな、と思った。魔除けグッズ、効くかと言われると、やっぱり攻撃は来るにはきっと来てるんだけど、私を強くしてくれる方向に流れが出来る気がするので、効いていると言えなくもないです。今までは気づかなかっただけなのか。あんなの、今、すっごい巷に溢れてる。
人がみんなとてもしんどそうです。人からどう見られるか、とか、気を遣いすぎて訳のわかんないことになっちゃってるとか、いわゆるブラックな会社に骨の髄まで洗脳されてるけど心の奥で必死に悲鳴あげてるとか、なんか無茶苦茶になっちゃってる。仕事がら、なんかおかしなことになっちゃった人たちの集まるところに行く機会が多いです。つい防御体制に入ってしまって魔除けグッズ(笑)を身につけて行くんですけど、本当に重たい時は、なぜかグッズを忘れちゃう。私丸腰。だから、結局は丸腰で対処することを覚えていくしかないのでしょう。(この辺り全部ぶっちゃけ④)
年末にある人に、「あなたは『知らなーい。関係なーい。平気ー』なふりをしているだけ」と指摘されて、そうかなあ?本当に平気なんだけど、と思いつつ、そうかも?とも思い、でもこれもいちいち聞いてたら振り出しに戻っちゃうから話半分なんだけど。私の中の私は、やれやれ、がっかりだよ、って絶望してるんだそうで。それから視野の狭さも指摘されて。見てないふり、してますよね、って。確かにね、社会貢献、何にもしてません。自分が好きなことしてるだけ。でも、ここは掘り返した方がいい気がした。結果が何であれ、私の深いとこは絶望なんだそうで、だったら絶望してもいいなら怖いものはないな、となぜか安心した。私がこの世の中にできることってなんだろう、とか考えるようになってしまった。(この辺、ぶっちゃけ⑤)
最近仕事で、うんと年上の、人から慕われる立場の人と密接に関わるようになりました。癒し、とやらが起きる前の人のぐちゃぐちゃドロドロと、それを経ての癒しと再生の様は、この人の元で少しだけ垣間見た。それはもう、関わらずに済むなら関わりたくないくらいのぐちゃぐちゃを持っている人たちがこの人の元に集まってくる。救いを求めて。私は自分にあまり暗いところがないので、ちっとも共感しないし、その人たちの何を分かってあげる、ということもない。でも、なぜか、そこに片足を踏み入れている。私の役割がなんかそこにあるということなのか、と思わないでもない。前の仕事では「人を元気にしたい!」と単純に持っていたけど(そしてそこでも滅茶苦茶になっちゃった人が私のクライアントにたまにいた。いつの間にか元気になった人もいたし、ダメだった人もいた)、その手段をこのうんと年上の女性から学んでいるような感じ。(この辺、ぶっちゃけ⑥)
あとはー、あ、青色申告した!今年初めて!このことでは自分を褒めてあげたい!でも実は本職の方にほとんどやってもらった…!ちゃんと習うと約束しつつ…!(まあ、ぶっちゃけ⑦)
書いたけど、またすぐ下書きにしちゃうかも。ちょっとあげてみてから自分の心境を観察してみようと思います。