『フューチャー』は今から2年前の2015年でした。
2年前は、いろんな人が
結構、それをネタに話してましたね。
昨日、なぜか深夜に、
エヴァンゲリオンのテレビ放送の
第1話が観たくなり結局5話まで観てしまいました。
(その前の日は、Amazonプライムでウルトラマンの第1話を観てました。)
シンジ君がネルフに急に連れて来られて
半ば強引にエヴァンゲリオン初号機に乗せられ
使徒と戦わされたのも
2015年の出来事なんですね。
同じく、2015年。
とうに過ぎた年ですが、
映画のバックトゥーザ・フューチャーも、
アニメのエヴァンゲリオンも
それぞれ違う、10年から20年先の近い未来を
描きました。
方や、町中の車は空を飛び、空は行き交う車で
凄いことになってるし、
もう一方は、
少年がデッカい人造人間の中に入ってシンクロして、
地球にやってくる訳のわからない敵の生物と戦う。
…
勿論、ストーリーも全く違うし、
描いている時代の状況や背景、
言うなれば世界観そのものも違う。
未来を描くというのは、
想像の世界を創造するということだと思います。
全て仮定にも基づいて描きますが、
『今』をわからないと、その先にある未来を
イメージすらできないとものだなと改めて
考えさせられたんです。
そして、未来は『自由に』描けます。
その通りなるかどうかは別の話で、
少なくとも『未来を描く』積み重ねで
世の中は変化し続けてるんですね。
僕が未来を描いたストーリーに
個人的にワクワクを感じるのは
そこに可能性を感じるからなんです。
未来に希望も絶望も、平等に感じられますが、
どんな時でも、希望の方を『選らべる』可能性だけは
残されてると思うのです。
常に『今』が未来を選んでるんですけれどもね。
ま、こういう話は長くなると訳がわからなくなるので
また別の機会に考えて書こうと思います。
…
しかし、何故2015年なんでしょう?
今で言うと、2035年とか2040年という感じかな?
世代が1つ交代するかしないかの微妙な未来ですね。
これをきっかけに、
描いてみようかと思います。