最近、副腎疲労という概念に出合った。
自分の諸症状がこれに合致すると感じたので、
その対処法と思われることを試して行ったら、
ちょっと元気になった気がした。
それは、身体的な元気でも有るけど、
精神的にも変化を感じたので、
かなり革命的なことだった。
完全に忘れていた過去の元気だった頃の感覚が一瞬戻って来た、
そんな気がしたのだ。
だから、自分との付き合い方において、
自己流ではなくて、正しい作法に則って生きられれば、
実は、自分は、人間は、物凄いポテンシャルを発揮するんじゃないか?
と思い始めている。
そんな証拠も無いし、証明も出来ないけれど、
根拠無くそう思っちゃったのだ。
今は老化という概念は嘘だと思っている。
嘘と言うのはちょっと違うか。
老化を信じると、老化はするだろうと思っている。
でも、その正体は、自分を知らないこと、
自分の身体の正しい使い方が出来ていないから身体が壊れてしまうのだと思っている。
それは、物理的な使い方も筆頭に、
栄養学的にもそうだし、心理的、考え方もそうだと思っている。
なんて、期待に胸を膨らませていたのもつかの間、
昨日ちょっと用事で東京まで出て帰って来ただけで、
疲れ切ってしまった。
今日もほとんど寝て過ごしていた。
ちょっと元気が出たからって、調子に乗ったらこの様か、
と思った。
副腎疲労恐るべし、だ。
そしてこれには何か意味が有るはずだと考えてもいる。
まだ、今の状態で居る必要が有るのだろう。
それは何のためなのか?はまだ分からないけど。
この姿勢を前向きと言えるなら、
それはそれだけの元気はあるということだろう。