根拠の無い自信がある人は責めない | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

以前は、自分を責めることは必要だと思っていた。

それは大間違いだと思う。

自分のみを責めて他人は責めない、
あるいは自分は責めないで他人だけを責める。
人ってそういうことが出来ないようになっているようだ。

 

それは、自分の内面を外に投影して見ているからじゃないかと思う。

他人と言っても、自分の中の何かを投影して見ているので、

自分の一部と同じなのだ。

自分の中の何かを投影して見ているという点では、それが物でも一緒だ。

 

だから自分の外の何かを責めるとき、それは自分の中の何かを責めていることになる。

だから、自分を責める人は、他人も責める。

責めない人は自分も他人も責めない。


責めるか責めないしか出来ないのだ。


責める責めないにも判断基準が有るだろう。

それが甘い人はあまり責めない。厳しい人は責め易い。

判断基準が甘い人と、責めない人は一見似ているが全然違う。

判断基準がどうあれ判断する人、つまり責める人は、自信がないのだ。
自分を信じていない。だから、世界も信じていない。

根拠の無い自信があるということと、
責めないということは、
表現が違うだけで同じことなんだと思う。

同じ概念の違う側面を表現していると言うか。