以前は、自分を責めることは必要だと思っていた。
それは大間違いだと思う。
自分のみを責めて他人は責めない、
あるいは自分は責めないで他人だけを責める。
人ってそういうことが出来ないようになっているようだ。
それは、自分の内面を外に投影して見ているからじゃないかと思う。
他人と言っても、自分の中の何かを投影して見ているので、
自分の一部と同じなのだ。
自分の中の何かを投影して見ているという点では、それが物でも一緒だ。
だから自分の外の何かを責めるとき、それは自分の中の何かを責めていることになる。
だから、自分を責める人は、他人も責める。
責めない人は自分も他人も責めない。
責めるか責めないしか出来ないのだ。
責める責めないにも判断基準が有るだろう。
それが甘い人はあまり責めない。厳しい人は責め易い。
判断基準が甘い人と、責めない人は一見似ているが全然違う。
判断基準がどうあれ判断する人、つまり責める人は、自信がないのだ。
自分を信じていない。だから、世界も信じていない。
根拠の無い自信があるということと、
責めないということは、
表現が違うだけで同じことなんだと思う。
同じ概念の違う側面を表現していると言うか。