聴神経腫瘍という脳腫瘍の一種の経過観察中で、
今日は4ヶ月ぶりにMRIの撮影をして来た。
待ち時間に読んだ雑誌の中に画家の千住博さんのインタビュー記事があった。
その中からの抜粋。
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(前略)
勝ち負けよりもプロセスを大切にする。
それが、”道”であり、すなわち生き方の問題なのです。
これはアナログの世界だと思います。
デジタルの0と1の世界だけでなく豊かなグレーゾーンを持つこと、
それが奥行きのある文化の内実でもあります。
私は、デジタル社会に抗して、いずれアナログ革命が起こると思います。
具体的にいえば、ぬくもり、手触り、試行錯誤、意外性、即興性といった点です。
これはデジタルでは表現が難しい。
(後略)
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ここで言うデジタル、アナログという表現は何かの象徴で、
実際のデジタル、アナログが意味するものとは異なる気がした。
デジタルで象徴しているのは、全てを無理やり数字で表現する、みたいなことだと感じた。
例えば1/3は数値では0.3333…
となるので正確に表現出来ない。
近似値で0.33などに変えて済ますのだ。
しかし、そうすることで、オリジナルとは微妙な差異は生じるものの、
全く同じ完成度のコピーを量産出来るのだ。
情報が劣化しないので、コピーをコピーしても同じ物になる。
これに対してアナログで象徴しているのは、
1/3は何となく同じくらいで表現するところはデジタルとドッコイドッコイだが、
数値化しないので、そのまま何となく同じ感じのコピーが出来る。
だから、オリジナルの個性とか味のようなモノが再現出来るようだ。
しかし、情報は劣化するので、コピーを重ねるとどんどんオリジナルから乖離して行く。
デジタルは「死」の世界に属すると感じる。
経過はどうでも良くて、いきなり1か0かという結果が出るし、
結果しか大事じゃない世界。
機械の世界、AIの世界と言っても良い。
決まっているというのは、固定されているということ。
だからコピーしても同じ物になるのだ。
アナログは「生」の世界に属すると感じる。
経過によっては結果が変わることもあり、
結果同様経過も大事になる世界。
生き物の住む世界だと思う。
カチッと決まらない、環境などの要因によって微妙に変わったりする。
だからコピーしても同じ物にならない。
ぬくもり、手触り、試行錯誤、意外性、即興性=デジタルでは表現が難しい
というのはシックリ来た。
デジタルで表現出来ない訳じゃないけど難しい。
そして、表現出来たとしても生命は入らないと思う。
表面上の表現だけを正確に再現することしか出来ないのだ。
ここで言う生命とは、
全ての表現を裏打ちする熱とかエネルギーというようなモノじゃないかと思う。
そういうモノは細部に宿るんじゃないかと思う。
だから、大筋合ってれば細部は切り捨てるというデジタルのは表現出来ないと思うのだ。