何よりも自分を優先する在り方 | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

友人が最近大事にしている事を話していた。

 

それは、

 

『何よりも自分を優先する在り方』

 

自分の人生では自分以外の誰かや何かを自分よりも優先しない、

自分が望むことを最優先に選択する、

自分が満足することが最優先事項とする在り方だ。

 

例外は無い。

 

相手は家族や恋人であっても、

自分よりも大事なモノは無いんだ、と言っていた。

 

 

常識的では無いから、

変だと思われるから、

恩があるから、

申し訳ないから、

目立つから、

何であれ、どんな理由を付けたとしても、

何モノも自分を差し置いて優先させない。

 

そして、そういう在り方ができる人たちと付き合って行きたいと。

 

 

そういう人同士の付き合ってどうなるのだろう?

 

約束をしても、約束よりも自分が優先なので、

気が変わったら約束は反故にされることも有るだろう。

 

約束が守られなかったからと言って、

謝ることも無い。

 

何か実害が生じた場合は、それを補填するようなことはすると思う。

また、自分が悪かったと思ったら、と言うか、謝りたいと思ったら、

逆に何も無くても謝るだろう。

 

 

事柄や出来事がつながっていないような感じがする。

約束するということと、

その約束の内容を行うというのが別のこととして扱うと言うか。

 

待ち合わせの約束をしたとする。

そして、約束の時間にどちらかが来なかったとする。

 

すっぽかされた方は、約束の時間になっても相手が来ないという状況に置かれる。

 

ここからどうするかは、

すっぽかされた方の自由と言うか、好きにしたら良いのだ。

 

相手を待つ。

相手に連絡する。

時間になっても相手が居なかったら、待たずに別の用事に向かう。

 

全く相手の行動に左右されない在り方だ。

 

約束をするという出来事が、それだけで完結している。

約束をしたということで満足していると言うか。

 

それで約束の日時に会えるかどうかは別なのだ。

 

約束を守らなかった方は、

それによって相手に避難されたり、嫌われるかも知れない。

しかし、それもそのすっぽかされた人がやりたいことをしているだけ。

 

とてもシンプルで分かり易いと思う。

 

ぼくや友人が実際にそういう在り方なのかと言えば、

それはちょっと分からないが、

ぼくの対人関係のひとつの理想形だと思う。

これは頭で考えて納得しても出来ないだろう。

 

潜在意識でそのようにな信念になっていないと、

そういう風には成れない。

 

在り方というのはそういうことのように思う。

 

そういう在り方を友人の口から聞いたことにちょっと驚きと、

感動を感じた。

 

 

そう言えば、

先日のセミナーの主催者の対応は、

この在り方に近いと感じた。