友人が最近大事にしている事を話していた。
それは、
『何よりも自分を優先する在り方』
自分の人生では自分以外の誰かや何かを自分よりも優先しない、
自分が望むことを最優先に選択する、
自分が満足することが最優先事項とする在り方だ。
例外は無い。
相手は家族や恋人であっても、
自分よりも大事なモノは無いんだ、と言っていた。
常識的では無いから、
変だと思われるから、
恩があるから、
申し訳ないから、
目立つから、
何であれ、どんな理由を付けたとしても、
何モノも自分を差し置いて優先させない。
そして、そういう在り方ができる人たちと付き合って行きたいと。
そういう人同士の付き合ってどうなるのだろう?
約束をしても、約束よりも自分が優先なので、
気が変わったら約束は反故にされることも有るだろう。
約束が守られなかったからと言って、
謝ることも無い。
何か実害が生じた場合は、それを補填するようなことはすると思う。
また、自分が悪かったと思ったら、と言うか、謝りたいと思ったら、
逆に何も無くても謝るだろう。
事柄や出来事がつながっていないような感じがする。
約束するということと、
その約束の内容を行うというのが別のこととして扱うと言うか。
待ち合わせの約束をしたとする。
そして、約束の時間にどちらかが来なかったとする。
すっぽかされた方は、約束の時間になっても相手が来ないという状況に置かれる。
ここからどうするかは、
すっぽかされた方の自由と言うか、好きにしたら良いのだ。
相手を待つ。
相手に連絡する。
時間になっても相手が居なかったら、待たずに別の用事に向かう。
全く相手の行動に左右されない在り方だ。
約束をするという出来事が、それだけで完結している。
約束をしたということで満足していると言うか。
それで約束の日時に会えるかどうかは別なのだ。
約束を守らなかった方は、
それによって相手に避難されたり、嫌われるかも知れない。
しかし、それもそのすっぽかされた人がやりたいことをしているだけ。
とてもシンプルで分かり易いと思う。
ぼくや友人が実際にそういう在り方なのかと言えば、
それはちょっと分からないが、
ぼくの対人関係のひとつの理想形だと思う。
これは頭で考えて納得しても出来ないだろう。
潜在意識でそのようにな信念になっていないと、
そういう風には成れない。
在り方というのはそういうことのように思う。
そういう在り方を友人の口から聞いたことにちょっと驚きと、
感動を感じた。
そう言えば、
先日のセミナーの主催者の対応は、
この在り方に近いと感じた。