考えれば分かると信じていると、
分からないこと自体が怖いのかも知れないと書いた。
思考は万能だとなり、
自分は考える力があるのだと思ったら、
正しく考えることは絶対に必要だと成り易いだろう。
それは考えることを自分に強いることになる。
これは自分自身の感覚や感情よりも思考を優先する在り方だと思う。
自分よりも思考の方が大事だというのだから、
病的な在り方だと思う。
不自然な、非人間的な在り方だろう。
こういう人は他人にも正しく考えることを強いるようになる。
全員が正しく考えれば、正しい世界が実現すると考えるようになる。
考えが共有出来ない人、理解出来ない人を避けたり排除したりする。
何かとても不自由な感じがする。
そして何か怖がっているようにも感じられる。
いや、逆かも知れない。
怖いから何かにすがるのだ。
そしてこの場合はすがったのが思考だというだけかも知れない。
これに反してと言うか全然別の在り方もある。
考えても分かんないや、というのが有りと言えるのがそれだ。
考えることを諦めると言うか、
思考には限界があることに本能的に気付いているのかも知れない。
こういう人は自分にも他人にも、思考を強いることはなくなる。
自由な感じがする。
怖くないのだろう。
怖れることを止める、
と言うか、
何かにすがるのを止めると自由になれるのだと思った。