怖れの正体 | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

地球は丸いのか?

平べったいのか?

という論争(?)が有るようだ。

 

ぼくはどっちでも良いと感じている。

 

どっちも否定し切れないし、

どっちの説にも突っ込み所が有るように感じるからだ。

 

 

いくつかフラットアースを唱える人たちの作成した動画を観た。

また、フラットアースに反対する人たちの説が出て来る動画も観た。

 

 

地球は丸い、あるいは、平べったいのは、
当たり前だ、考えるまでもないという姿勢の人は、
ぼくには何かを怖れているように感じられる。
 
強硬に自説を主張する人の中に感じる怖れとは、
自説が間違っていることかも知れない。
でも中にはそれとは違う怖れを抱く人も居る気がする。
それは、
分かっているという感覚が本当は分かっていなかったという感覚に
取って代わられることじゃないだろうか?
 
分からない、説明が付かないということが、
怖れの正体なのかも知れないと思った。
 
 
恐怖映画でも怪談でも、
正体が分からない存在の出現や、
理由が分からない現象の発生が一番怖い。
正体が分かった途端に怖くなくなる。
 
自分の考えで捉えられないこと、
自分の記憶の中に固定出来ないことがあるとなった時に
感じる感覚が怖れなのかな?と思う。
 
こう思う基には、
思考に対する盤石の信頼があると思う。
情報が十分あって、正しく論理的に考えれば真理に到達出来る、
という概念を信じているのだろう。