潜在意識で用意した台本に合わせて会話していた | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

心配してると言われて、

罪悪感を感じた話を書いた。

 

しばらく悶々としてたが、

自分の思いというか、どうしたいのかに思い至って、

気持ちが軽くなった。

 

会話しているときに、

自分の本当の気持ちを言葉に出来たら、

こんなに悶々としなくて済んだと思う。

 

それが出来ないのは何故だろう?

 

ぼくの場合は、

話すときに、いくつかの台本が有るようだ。

台本と言っても、机に向かって書いている訳ではない。

無意識の内に、自分で編み出していたようなのだ。

 

潜在意識で勝手に思考が働いている感じ。

 

その台本に沿って会話を進めようとしている。

あらかじめ用意している言葉しか言う気が無いから、

その時の自分の気持ちは意識していないのだ。

 

自分の台本になるべく忠実に会話を進めることに注力している。

 

この台本は、

どうやら過去の体験から作り出してしるようだ。

論理的に整合性が取れて、

起承転結や原因と結果というような筋書きを重要視している。

意味が有ること、物事を上手く進めることを目的にしているらしい。

責任や義務を果たすのが目的、と言っても良いかも知れない。

 

会社で働いていたときは、

この台本はとても便利だった。

効率良く仕事が進められた。

 

しかし、飲みの席など、

仕事というテーマが外れると途端に頼りなくなった。

相手が台本通りに話してくれないからだ。

愚痴や冗談に整合性を求める人はいないから、

どう返したら良いか分からなくなる。

 

会社を辞めてからは、

人と会話するのが苦手だと思うようになった。

 

たまに、気が合う人に出逢うことがあった。

あれは相手が台本通りに話してくれたからそう感じていたんだと思う。

 

 

この台本を用意するという姿勢は、

物事をコントロ-ルするためのぼくなりの戦略だと思う。

 

だから、自分の気持ちを伝えたり、

相手の気持ちを汲み取るような筋書きにはなっていないようだ。

と言うか、気持ちは理屈では無いので予想も出来ない。

台本なんて作れない。

 

そう考えると、

天然の人や、発達障害らしい人、

理屈が通じない感覚的な人が苦手だったのも頷ける気がする。

 

でも、今のぼくは事柄をコントロールすることよりも、

気持ちとか感情を大切にしたいと思うようになって来ている。

簡単に言えば、楽しみたいということだろうか。

だから、この台本方式での会話は今のぼくの目的には合っていないようだ。

 

そのことに全然思い至らずに、

今日まで台本方式で会話して来た。

そして、気持ちや感情を交えた交流をしたいと思っていて、

それが出来なくて孤独を感じていたのだった。

 

なんでこんな状態になっているのか分からないが、

いろいろへんてこなことをしている自分の状態を理解して、

そのへんてこなこと=自分ルールを手放して行くしかないようだ。

 

なにはともあれ、

またひとつ自分ルールが見つかって良かった。

 

これは自分ル-ルの中でも大物だと感じた。