父「この先どうするの?」
ぼく「どうにかなるだろ。」
父「どうにかって。心配してるんだよ。」
こんな会話を交わした。
最後の言葉は無視して自分の部屋に戻った。
部屋でもこの会話にことを考えていた。
働かないことを責められたと感じていた。
やっぱり自分が悪いのだろうか?
いや、働く気になれないのだからしょうがない。
それは甘えなのではないか?
今まで気が向かずに働いていたからメンタルを病んだのだろう。
また同じことを繰り返すのは見えている。
じゃあ、このまま働かないのか?
いやいつか働くだろう。
いつかっていつだ?
そんな感じで自問自答を続けていた。
こういうことを何度もしているな~と思った。
父親と会話するまでは悩んでいなかったのに、
一瞬で気分が変わってしまった。
今は考え込んでいる。
しかも、結論が出ないことは分かっている。
何をしているのだろう?
そもそも心配されるのは、
心配される方が悪いのだろうか?
勝手に心配しているのに、
何で心配された方が罪悪感を感じないといけないんだろうか?
心配するのは、心配する方の勝手ではないか?
じゃあぼくはどうしたいのか?
気分良く居たい。
心配されたとしても、
自分が気持ち良く居ることを優先したいんだ。
そう気付いた。
どうしてこんなに考え込んだのだろう?
ぼくはそれだけ父親を大事に思っているんだ。
それと同時に、父親の強さを信頼していないのだ。
父親に心配をかけるのは申し訳ないと強く思っている。
でもそれは、どこか他人行儀と言うか、
頼ってはいけない、甘えてはいけないというような、
冷たい自分ルールが働いていると感じた。
ぼくは今は働く気になれない。
だから働かないけど、いつかは何かの活動を始めると思う。
そういう思いを信じている。
そう思ったら、気持ちが軽くなった。
そのときに、なにか聞こえた。
小さくかったが、父親の歌う声だった。
なんだか拍子抜けするような感じ。
さっきの会話は何だったんだ!?
ぼくのことを心配してるんじゃなかったのか?
心配してるのは嘘では無いと思う。
丁度ぼくの顔を見た時に、その気持ちが出て来たので言っただけなのだろう。
ぼくから何かの答えを引き出そうとも思っていなかったのかも知れない。
まあ、本当の父親の思いは分からないが、
さっきの会話は、あいさつ程度だったようだ。
言いたい事言った後に、歌いたいから歌っているのだろう。
それをぼくは深刻に受け止めて考え込んでいたのだ。
ああ、また独り相撲だったと気付いた。
最近思うけど、
父親からこういう形で学ぶことが多い。
もしかしたら子どものころからそうかも知れない。
ぼくとは全く違う考え方をしていると思う。
子どものような人だと思うけど、
すごく学ぶことが多い。