無駄な感覚なんて有る訳無い | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

今日は朝起きてから変な感じだった。

特に用事も無いし、やりたいことも無かった。

 

テレビを点けた。

面白くない。

チャンネを変える。

やっぱりつまらない。

全部観たけど、全く興味が持てない。

 

youtubeで動画を観る。

いつも観ているyoutuberのチャンネルを観ても面白くない。

 

今はまっている立腰体操関連の動画を観てみた。

面白いけど、今は見るのが面倒だと感じた。

 

そんな感じで、つまらない、暇だ。

そうなっている自分に気付いた。

 

こりゃ今ここに居ないんだなと、

身体を動かせば良いかな?

と思って立腰体操をしてみた。

 

意識が身体に向くのが分かった。

しばらく、身体の感覚を楽しみ、だいぶ感じが変わって来たなと思った。

 

まず、肩とか背中が楽だ。

立腰体操おそるべし!

そんなことを考えていたが飽きて来た。

 

 

困った。

また暇だ。

 

もしかしてこれはうつなのかな?

と思ったけど。なんとなく違う感覚だ。

暗い気持ちではないし、食欲も有りそう。

ただ、何かやりたいような元気は有るんだけど

それを向ける対象が見つからないという感じ。

 

迷路の中を歩いていて突き当りに行き当たったような感じだ。

嫌な感だ。まいったな。

 

 

いろいろやって、ついに興味をそそられるモノを見つけた。

 

あるアメブロなんだけど、

それを読んでいる内に、

自分の中で想像が膨らんで行くような感覚が有った。

目が覚めたような感覚で、そのブログを集中して読んでいた。

 

 

このブログを読むことが今のぼくには必要だったんだな、と思った。

今日暇だったのは、そう感じることでこのブログに導かれていたんだなと感じた。

 

暇と感じるのは、今ここに居ないことを意識させるための感覚だと思っていた。

しかし、それだけでは無くて、今やるべきことが有るのに、それに気付かずに

別のことにうつつを抜かしているときにも出て来る感覚なんだなと思った。

 

暇と感じる感覚にも役割が有るようだ。

そうだとすると、人が感じる感覚に無駄モノは無いだろうと思える。

 

無駄な感覚なんて有る訳無いか。