スピリチュアル系の本やブログ、動画などでよく「許し」という言葉に出くわします。
許す、というのは動詞だから、
何か特別なことをしなければいけないのかと思っていました。
しかし、いろいろ調べたり自分で試したりしている内に、
どうやら何もしないことを「許し」というようだ、
と思うようになりました。
つまり、こだわったり、依存したり、コントロールしようとしたり、
そういうのは許していない訳です。
そういうことを一切しないこと、
気にしないし、干渉しないことを「許し」というのだと思っていました。
今はちょっと考えが変わりました。
これでは「許し」の一部分しか現していないと思います。
自分に、気にすることを禁止したり、
干渉することを我慢するのでは、
本当の「許し」ではないと思います。
許したくないのに、「許し」を自分に強要しているだけで、
これでは自分にストレスがかかっている状態であることには
変わりがないと思います。
「許し」とは、
気にしないではいられない原因、
干渉しないではいられない原因、
そういう自分の意図に反する言動や考え、感情の発生源である
「信念」を手放すことです。
こういう考えに至ったのは、
引っかかっていたことが気にならなくなっていた
という経験をしたことによります。
「信念」とは、こだわる部分を指定する機能が有ります。
だから、これを忘れちゃうと、もうこだわれない。
現実も、過去に起こったことに関する記憶さえも変わっていないのに、
「信念」が無ければ以前のような感情が出て来ない。
自分の反応が変わってしまうのです。