「許し」とは? | 自分世界探検家のブログ

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だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

スピリチュアル系の本やブログ、動画などでよく「許し」という言葉に出くわします。

 

許す、というのは動詞だから、

何か特別なことをしなければいけないのかと思っていました。

しかし、いろいろ調べたり自分で試したりしている内に、

どうやら何もしないことを「許し」というようだ、

と思うようになりました。

 

つまり、こだわったり、依存したり、コントロールしようとしたり、

そういうのは許していない訳です。

そういうことを一切しないこと、

気にしないし、干渉しないことを「許し」というのだと思っていました。

 

今はちょっと考えが変わりました。

 

これでは「許し」の一部分しか現していないと思います。

 

自分に、気にすることを禁止したり、

干渉することを我慢するのでは、

本当の「許し」ではないと思います。

 

許したくないのに、「許し」を自分に強要しているだけで、

これでは自分にストレスがかかっている状態であることには

変わりがないと思います。

 

「許し」とは、

気にしないではいられない原因、

干渉しないではいられない原因、

そういう自分の意図に反する言動や考え、感情の発生源である

「信念」を手放すことです。

 

こういう考えに至ったのは、

引っかかっていたことが気にならなくなっていた

という経験をしたことによります。

「信念」とは、こだわる部分を指定する機能が有ります。

だから、これを忘れちゃうと、もうこだわれない。

 

現実も、過去に起こったことに関する記憶さえも変わっていないのに、

「信念」が無ければ以前のような感情が出て来ない。

 

自分の反応が変わってしまうのです。