テレビ番組で、
二日酔いで娘の入学式を欠席して、
卒業式には出るからと言っておいて、
卒業式も二日酔いで欠席したと言う人が出ていました。
全然悪びれていないのです。
それを観ていて、
「なんて酷い母親だ!娘が可愛そうだ!」
という怒るべきだ!母親を責めるべきだ!と言う思考が出て来ました。
でも、気持ちが動かないのです。
感情的にならない。
そして思いました。
この人を裁くのはぼくの仕事でもないし、
娘さんが悲しんでいるのかどうか?は分からないし、
だいたい嫌な気持ちになりたくない。
最後の考えが出て来て思いました。
この人を責めるべきだという考えは何だろう?と。
これは自分ルールだと思いました。
「セレモニーは欠席してはいけない。」
とでも言うのでしょうか。
それに反した人は罰するべきと反応したようです。
「そんなルールまで有るなんて、
ぼくはどれだけ自分を制限して生きているんだろう?
大変だな~」
と思いました。
片側2車線の道を車で走っていました。
そうしたら、右側を抜かして行く車が通ってびっくりしました。
「なんて酷い運転だ!スピード出し過ぎだろ!」
という怒るべきだ!運転手を責めるべきだ!と言う思考が出て来ました。
でも、気持ちが動かないのです。
感情的にならない。
そして思いました。
この人を裁くのはぼくの仕事でもないし、
別に事故を起こしそうな運転でもなかった、
だいたい嫌な気持ちになりたくない。
最後の考えが出て来て思いました。
この人を責めるべきだという考えは何だろう?と。
そして気付きました。
ぼくはびっくりさせられたことを、
攻撃されたと受け止めていたんだです。
だから応戦しないといけない、となっていたのです。
他人を責めるべきだと言うのは、
攻撃的な思考だと感じますが、
実は自分を守らなければという、
自分を大切にする目的で出て来たのだなと思いました。
「そ~か~、びっくりしたんだね~、
怖かったね~。
でも、もう行っちゃったから大丈夫だからね~。」
と自分に言い聞かせました。
インナーチャイルドに言ったつもりです。
その後は良い気分で運転出来ました。
これを書いていて気付いたのですが、
「車で走るときはスピードを出し過ぎてはいけない。」
という自分ルールが有るのかも知れないですね。
そういう自分ルールは無いのかも知れない。