痰吸引のための気管切開、それに伴う胃ろう、
娘たちと相談し、先週末、お願いしますと主治医に伝えました。
私は、
大好きだった食もお酒も完全に諦めなくてはならなくなっている今
でも娘たちはそれでも “する” いや “したい” を選びました。
今父親が晒されている苦しみを軽減したい。
生きていてほしい。
という2点のみで。
それは当然私の中でも大きな気持です。
お父さんも私たちの気持ちをわかってくれるよね。
と言いながら至った結論でした。
主治医に意思を伝えながらも迷いが捨てきれず、
“した時“ 、“しなかった時“ にありうる可能性を思いつくままに尋ねる私達に、
私の問いに答えてご自身の考え方を伝える時、「西洋では、
翌日には、
これまでも夫の治療に迷ったり困ったりして相談すると
「もし意思表示できるならお兄さんはどうしたいって言うかな。」
「それがいいね。
私たちに寄り添おうとしてくれたのかもしれないけれど、
効果的な痰の吸引で呼吸が楽になり、
胃ろうで栄養を摂れるようになることで、
少しでも夫の苦痛が和らぎ、