今、ここを過ごせますように~~認知症の夫と -11ページ目

今、ここを過ごせますように~~認知症の夫と

夫は67歳でレビー小体型認知症と診断されました。
あの時ああしていれば…
これからどうなるんだろう…
どうしようもない過去や、どうなるかわからない未来に、つい囚われそうになります。
今できることに心を込めて過ごしてゆけるようになりたいです。

救急搬送された翌日、

クリニックの先生に調子を聞かれた夫は、

「大きな変わりはありません。」と答えました。

 

その後続けて

「いやー、でもちょっとやらかしまして。

不安が強くなって過呼吸のひどいのになって救急搬送されました。」と自己申告。

夫は昨夜の絶望と大騒動をすっかり忘れたように、

「冷静に考えるとたいしたことではないんです。」

先生も、「先月から抗不安薬やめてたからね!飲めば大丈夫よ~!」と軽く返す。

本当に?

 

結局、一つ抗不安薬を増やしたくらいでは夫の症状は和らぐどころか、どんどん酷くなっていきました。

 

最初の頃はそれでも日常生活を送ってはいたものの

通帳をなくしたと言って銀行に再発行に行く、戻るとまた失くしたと言って銀行に行く、

オーディオ機器が壊れたと言って、接続をやり直しかえってわけがわからなくなる、

壊れたと思い込んで注文したスピーカーがどーんと届くが、壊れていないことが判明する、

などなど、記憶・理解力障害による問題が毎日のように起きました。

 

夜になると混乱・不安が増すのか、

最初の時の、胸が苦しく呼吸ができなくなりそうな恐怖から起きたであろうパニック発作だけでなく、

締め付けられるような激しい頭痛を訴えて倒れ床をのたうちながら抑えきれないような叫び声をあげる、など

発作のパターンも起きる頻度も増え、意識障害も起こし始めました。

 

ここにきてやっと夫も心療内科のクリニックからセカンドオピニオンをもらった医療センター認知症外来の神経内科の先生に変わることを了承し、

最短で予約を入れてもらい、2週間後の年明け1月5日に受診しました。

 

先生は、12月に起きた発作を『認知の変動による自律神経の暴走』とおっしゃいました。

身体に起きた急激な変化が大きな負荷となり、頭・心・身体、それぞれに堪えたが、心が強くはじこうとしたために身体により大きな症状が出た。

呼吸が苦しくなったのはパニック発作。

激しい頭痛は緊張性のもの。

意識が飛ぶのはレビー特有のフリーズ、脳の血流が急激に落ることによる意識障害です、と。

説明はなんとなく腑に落ちたのですが、

レビーの薬剤過敏に配慮してか、薬は削ぎ落された処方で

イクセロンパッチ4.5mg

抑肝散2.5g

ルネスタ錠1mg

 

あんなに激しい症状がこの服薬でコントロールできるのかな?と思いつつも

しっかりした先生に繋がれたという安心感はありました。

 

でも、この後状態は悪くなり、

胃腸の不調も始まり、意識障害の回数や時間は増え、不随意運動が現れ、不眠気味なせいか夜中にも発作が起きるようになり、

普通に過ごせる時間はほとんどなくなっていきました。

 

発作が起きた時、辛抱強く声かけと介抱を続けると収まることもありましたが、どんどん酷くなることもあり、

深夜に救急外来に駆け込んだり、それも難しくて再度救急車のお世話にもなりました。

 

診ていただいても、検査で急性疾患は認められないわけで、鎮静剤や痛み止めの点滴をしてもらい、

検査で問題は見つからなかったからレビーでかかっている先生によく相談して。」と言われる。

 

そこで病院に相談すると、看護師さんに

「レビーは変動があると説明がありましたよね。

薬の調整をして経過を見ているんだから様子を見ましょう。

命に関わるようであればいつでも救急車を呼んでください。」

と言われる。

 

命に関わることがなければ、家族の心身も削るようなこの状況は、何もなすすべなく耐えるしかないの?と絶望的な気持ちでした。

いつ何が起きるかわからないような状況が続いて、私は24時間緊張状態で夜中少しの物音でも目が覚めるようになっていました。

夫を不安にさせてはいけないと、夫の前では平気そうに振舞っていましたが、心配して電話をかけてきた娘と話しながら涙がとまらないこともありました。

 

そんなある日、朝から続いていた意識障害が時間と共に激しくなって夕方には錯乱状態になり、とうとう3度目の救急搬送。

かかっている医療センターに搬送され、救急外来の検査・診察の後、心療内科での診察でがらりと薬が変わることになりました。

 

この日を境に、2か月近く続いた大変な状況が少しずつ落ち着き始めました。