ワード・オブ・マウス/ジャコ・パストリアス | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

先の月曜日(1月29日)、桐島聡容疑者を名乗る人物が

入院先の病院で死亡しました。

 

1970年代に起きた連続企業爆破事件の1つに関わったとして

指名手配されてきた桐島聡容疑者(70)。

まだ亡くなった人物が容疑者本人と特定されたわけではありません。

しかし、本人しか知りえない情報を語っていたという情報もあり

ほぼ本人で間違いないと思います。

 

不思議なのはこの人物が最期を迎える前になぜ実名を明らかにしたか、です。

末期がんを患ってことしに入ってから入院していたという桐島容疑者。

「最期は本名で迎えたい」などと語ったことが捜査関係者の話として報道されています。

 

本名を明らかにすることで何をねらったのでしょう。

自分の存在を再び社会に知らしめて、「爪あと」を残したかったのか。

それとも数十年前から名乗っていたという「ウチダヒロシ」で死ぬことは

悔いが残ると思ったのか。

あるいは自分の親族、世話になった人、被害者やその遺族などに

自分の死を伝えたかったのか。

 

答えの出ない問いを抱え、ある曲を聴きたくなりました。

ジャコ・パストリアス(b)のアルバム「ワード・オブ・マウス」に収録された

「Three Views Of a Secret」です。

 

アルバムの宣伝文句には

「ベースの歴史を変えた天才ジャコの永遠の問題作」とあります。

これは非常に端的に作品について伝えているコピーで、

ジャコの超絶技巧からビッグバンドでのアレンジ能力、

ジャズからロック、クラシックまでに至る広範な関心などを捉えています。

スタジオで収録されたジャコのソロアルバムとしては第2作目となり、

かなり実験的な試みが行われているのも特徴。

 

たとえば1曲目の「Crisis」では驚異的なアップテンポのベースラインが先に収録され、

他のミュージシャンたちは互いの音は聴かず、

リズム・トラックに合わせてソロ演奏したそうです。

これがものすごい熱量の演奏となっており、ベースの圧倒的なパワーに

各奏者が刺激を受けた結果がまとめられたものとして、驚くばかりです。

 

数々のトライの中で印象的なのが「Three Views Of a Secret」。

総勢60名以上のミュージシャンが参加したとされる本アルバムで、

ジャコはハーモニカ奏者のトゥ―ツ・シールマンスを多くフューチャーしています。

その中でもハーモニカが見事にハマっているのがこの曲と言っていいでしょう。

エレクトリック・ベースとハーモニカというのは意外な組み合わせですが、

ジャコのアレンジの中では非常に相性が良く、独特の詩情をもたらしてくれます。

タイトルの「ある秘密に関する3つの視点」通りに、

簡単に割り切れない世界観が感じられるのです。

 

1980年~1981年、ジャコがまだウェザー・リポートに在籍していた当時の録音。

メンバーは全員を書ききれないので、一部だけとさせていただきます。


Jaco Pastorius (bass,organ, p,perなど)
Herbie Hancock (keyboards, synthesizers, p)
Wayne Shorter (soprano sax)
Michael Brecker(sax)

Tom Scott,(sax)

Mario Cruz (sax)
Hubert Laws (soprano & alto flute)

Chuck Findley(tp)
Toots Thielemans (harmonica)
Don Alias (per)
Peter Erskine (ds)
Jack DeJohnette(ds)
Othello Molineaux(steel pans)

Leroy Williams(steel pans)

 

②Three Views Of a Secret

ジャコのオリジナル曲。

ホーンとヴォーカルによる浮遊感のあるテーマで幕を開け、

続けてハーモニカが同じテーマを提示するというアレンジが素晴らしい。

ハーモニカが入ることで、とらえどころのない旋律に

「泣き声」が入ると言えばいいのでしょうか、

どこか人間の切実さみたいなものが滲み出てきます。

続いてハーモニカがソロに入ると

キーボードやベース、ホーンが複雑に絡み合い、

チューバの咆哮も入ることで音楽のスケールがどんどん大きくなっていきます。

このようにバックが変幻自在とも取れる動きを取ることで

こちらは異世界に入り込んだような気分になってきます。

ただ、ハーモニカがその中で一貫して肉声を放っていることで

異世界は完全なマジックワールドではなく、

人間の営みとつながっているように思えます。

曲の後半ではジャック・ディジョネットのドラムスとキーボードが

かなり自由にソロを取り、演奏に終わりが見えないままフェード・アウト。

なかなか終わらず、延々と演奏してしまったのでしょうか・・・・。

ジャコはここではほぼ裏方に回っており、そうした意味でも彼の柔軟さを

知ることができます。

 

このほか、スチール・ドラムとハーモニカの掛け合わせが面白い

③Liberty City の賑やかさも聴きものです。

 

それにしても桐島聡は日本中に貼られていた

あの指名手配の写真をどんな思いで見ていたのでしょうか。

 

身元が割れることを恐れ続けていたのか、

それとも全く気がつかない周囲を嘲笑っていたのか。

あるいは自分が「桐島聡」としての実体を失い、

何者になってしまったのか考え続けていたのか。

 

今回の一人の死は、「何者にもなることができ、一方で自分を手放せない」

人間というものについて示唆するところがあるように思います。